官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第63回】淡路水『法悦☆ホリデイ~解脱なんて知らねえよ~』

公開日:2014/11/11

 目的地までまだ先だろうか。少し先に見える道路の案内表示を確認しようと目をこらしたとき、山側にあるお稲荷様とおぼしき狐の石像めがけて、黒い影が上 方からひゅんと素早く急降下し、ピーヒョロロと鳴き声を残して再び空へ飛び立つ。トンビだ。見ると何かを咥えて飛び去っていったようだった。

「うっわ。おい、見たか? トンビがお稲荷さんのお供えさらってったぞ。あれ、油揚げじゃね。マジでトンビに油揚げかよ」

 なあ、と運転席の男を見たが、男は「はあ」とまたも気のない返事だ。

 恐ろしいほどリアクションがなく、ひとりではしゃいで喋っているのがばからしくなった。ついに藍も口を閉ざしてラジオのスイッチをつける。流れ出したアイドルの歌がまた嫌みなほどに明るく軽快だった。

 都内からかれこれ二時間は車を走らせている。見えてくるのは海また海で、時折集落がポツリポツリと見えるだけだ。

 正直、藍はこんな田舎に来たくはなかった。けれど金になるのはこういう田舎だってこともわかっている。

「なあ、あんたこの仕事したことあんの?」

 藍は男に訊いた。経験者ならいいのにと思ったが、期待はすぐにぶち壊される。

「や、あるわけないじゃないですか」

 ごく当然だとばかりの返事に藍はがっかりした。

「マジかよ……」

 が、せめて気の利いた男ならともう一度いくらかの期待を抱く。

「じゃあ、何やるかわかってる?」

「……あー……カブさんが、アイさんの言う通りにしとけって。アイさんに全部やりかた教えておいたから大丈夫って言われたんで。で、何やるんすか」

 どうせろくなことじゃないんでしょ、と男はボソボソ付け加えた。

 チッ、と藍は舌を打った。まるっきり話にならない。

「……ックショ、丸投げかよ」

 藍だって、こんなことをするのは初めてだ。それを全部丸投げされたらしい。ど素人二人でなんとかなるのか。

「あの……で、何するんすか」

「おれだって、さくっとレクチャーされただけだからよく知らねえよ」

「でも、やることはわかってるんすよね」

「そりゃあ……まあ……」

 思わず言葉を濁したのには理由がある。

 なぜなら、今日押しつけられた仕事は有り体に言って詐欺だ。詐欺、というより悪徳商法の片棒かつぎというところか。

 田舎の年寄り相手に、金目のものを買い叩く。

 リサイクルショップという名目で訪れ、まずは服一枚からどんなものでも引き取ってお金に替えますよ、と話を持って行く。その後他の本当に金になる獲物、例えば貴金属などを出させ、それをうまく言いくるめて二束三文で買い取る――簡単に言うとそんなところだ。

 こんなこと本当はやりたくなかったが、藍にはあまりにも金がなさすぎた。金がないどころかマイナス、要は借金がある身なのである。

 借金はするものではないと知りつつ手を出したのは自分だ。

 おまけに悪いことというものは重なるもので、不幸が不幸を呼んだ挙げ句、利息が膨らみ続けている藍にはもうこれしか道が残されていなかった。

 なにしろ借金の相手が悪かった。

 ――街金にさえ手を出してなかったら。

 そうは思ったが、あのときにはそれしか選択肢がなくて、ヤバいと思ったときには、もう後の祭り。とうとう犯罪まがいのことに手を染めることになったなんて、己の不甲斐なさに腹が立つ。けれど、生きていくためにはなりふり構っていられなかった。

 利息すら払えなくなった藍が街金から紹介されたこの仕事は、はじめは都内が主流だったらしいが、最近はこの手口も知られ、警戒されるようになって、金が 入らなくなった。そこで徐々にターゲットを田舎へ田舎へと移動させていったようだ。藍たちがのどかな田舎町にいるのはそんなこんなな訳である。

 藍もこういった仕事は噂では聞いていたものの、実際自分がやることになるとは夢にも思わなかった。

 それを男に説明すると男は「あー」と一言声を発したあと黙りこくってしまった。

「で、やれんの?」

 訊いても男は唇を突き出したまま口を開かなかった。

 しばらくそうやっていたが「アイさんなら」とボソボソまた聞こえるか聞こえないかの声でようやっと男が口を開いた。

「ん? なに? 聞こえねー」

「アイさんなら、あんたイケメンだし、話上手っぽいけど、おれは」

 口を開いたかと思った途端、ぼやきが飛び出す。なんだこいつ使えねぇんじゃねぇの。こいつと組ませたのはどこのどいつだと藍は顔を顰めた。

 自慢じゃないが、藍は容姿には自信がある。これでもちょっと前までの本業はモデルだ。

 小さな顔の八頭身で、なにより手足が長い。おまけに肌と髪の色は薄く、はっきりとした目鼻立ちの華やかな美貌はよく欧米人とのハーフかクォーターかと訊ねられる。

 欧米の血など一滴も入っていない純粋な日本人なのだが、そこは敢えて否定はしていない。それがモデルとしての仕事にプラスに働くこともあったからだ。

 身長こそ微妙に一八〇センチに届かなかったせいで、ショーモデルにはなれなかったが、一時期、雑誌や広告などでそこそこには仕事があった。

 だが、不慮の事故で大怪我を負い、そのためモデル生命は絶たれた。更に当時付き合っていた彼女にも逃げられ、運の悪さも手伝って入院費の支払いにも困 り、そうして残ったのは借金だけ。なのにその後も不幸は続いた。借金を返すためにホストクラブで働いたが、そこがまた巷でいうブラック企業で、藍の借金は なぜか働いているのに増えていた。結局生活費にも困って金を借りたが、ホストクラブで紹介されたその金融業者は悪質な街金だったというオチだった。

 借金返済のために働こうとハローワークに行ってもみたが、学歴も資格もまるでない藍が就けるような仕事はなく、日雇いの仕事でどうにか暮らしている。しかしそれだけでは追いつかず、加えて仕方なく食費を削って切り詰める生活の毎日である。

 モデルを辞めるまでは、至極真っ当に生きてきたはずなのにこの仕打ち。やっぱ神も仏もいねえよな、と藍はさっきトンビが咥えていった御稲荷さんの油揚げを思い出しながら溜息を吐いた。

 やっぱり自分が切り回すしかないのか、と諦める。

 こうなったらやけくそだ。

 相方が期待できない以上、藍まで変におどおどしていると、この仕事は失敗しかねない。とにかく今日は何が何でも成功させて、金をもらわなくてはならないのだ。

 

 

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