官能WEB小説マガジン『フルール』出張連載 【第72回】斉河燈『【お試し読み】恋色骨董鑑定譚~ノスタルジック・シュガードール~』

公開日:2015/1/27

 いっそこちらから誘ってしまえたらと思っても、日々慌ただしく働く様子を目にしているとそれも躊躇してしまう。わたしも同じく仕事を持つ身だから大変さはわかるし、有礼さんがわたしを気遣ってくれているときもあるだろうと思うと自分本位で行動するなんて到底できそうになかった。

 本当は触れたい。触れられたい。

 もっと話もしたい。なにを考えているのか聞かせてもらいたい。

 どうしたらいいのかな、と切ない気持ちを持て余しながら瞼を閉じたら、左側頭部のあたりで低い囁きが聞こえた。

「ん……、夏子」

 寝起きの掠れ声はそれでも充分に甘くてクラリとさせられる。

「どうした、添い寝でもしてくれるのか……?」

「あ、いえっ。すみません、起こしてしまって」

 なにをやっているのだろう、わたし。休んでいるところを邪魔してしまうなんて。慌てて体を離そうとすると、長い腕が腰にまわってきて動きを阻まれた。

「そろそろ起きようと思っていたところだ。気にしなくていい」

 そう言いながらも、なぜだか有礼さんはわたしを隣に寝かせてしまう。もしかして寝ぼけているのだろうか。しかし眉をひそめた神経質そうな目はそれでもしっかり開いていて、二度寝をするつもりもなさそうだったから、混乱せざるを得なかった。

「あの、起きる気ならどうして横に……もうお昼ですよ?」

「目覚めてはいる。だが、起き上がるのはおまえを少し甘やかしてからだ」

 掠れた語尾に重ねて、力強く肩を抱く長い右腕にどきっとさせられてしまう。何事かと目を丸くしたわたしの頭を、彼は骨張った左手でかき混ぜるように撫で、いい子だと囁いた。

「あの……?」

 これは一体。目をしばたたくわたしに有礼さんは言う。

「労ってるんだよ。このところ、慌ただしくしていて家事をおまえに任せっぱなしだったからな。炊事から掃除、洗濯まで」

「き……気付いていらしたんですか」

 洗濯も掃除も食事の準備も片付けも、さりげなくわたしが済ませておいたこと。少しでも彼のためになればと思ったのだけれど、わかっていてくれたのか。

「あれだけ献身的に尽くされて気付かないわけがないだろう。あとでキャラメルをやる。山ほどだ」

 そう言って形のいい唇で左のこめかみにちゅ、っと音を立てて口づけられて胸がきゅっとした。

 やはり有礼さんは大人だ。四十一歳の年嵩らしい余裕がある。どんなに忙しくてもわたしの働きを見逃さず、きちんと評価してくれる。

「……ありがとうございます。でも、キャラメルならいつも通りみっつで充分ですよ。お気持ちだけいただけたら、それで」

 彼の細い腰に右腕をまわし返し、胸元に額を寄せて俯いたのは頬が熱かったからだ。この腕の中で処女を卒業したのはもう一年近くも前なのに、こんなときの対応にはまだまだ慣れなくて困ってしまう。

 どぎまぎするわたしには気付かない様子で、有礼さんはくすぐったそうにひとつ笑って言った。

「おまえは欲がないな。そういうところも好ましいが」

 呟きはつむじにほんの少しの熱を与える。

 欲がないなんてとんでもない。わたしはもっとふたりの時間がほしいし、一分一秒でも長く一緒にいたい。お互いを理解し合う時間が毎日ほしい。

 彼に対してはまるで欲のかたまりみたいなのに。

「そうだな。キャラメルを遠慮するなら、そのぶん別のものをやろうか」

 上機嫌の提案には、思わずそろりと顔を上げてしまった。

「別のものですか?」

「ああ。おまえの好きなものだ」

 もしやまたアンティーク品をくださるのだろうかと思った。

 何故なら有礼さんは鑑定業を営みながら西洋骨董の蒐集に余念がなく、わたしにもセンチメンタル・ジュエリーから日常使いのグラスまでマメにプレゼントしてくれる。わたしがこの家の中で使っているものはほとんどがアンティーク品と言っても過言じゃあない。

 でも先月、三十歳の誕生日にプレゼントをもらったばかりでまた贈り物だなんてもらいすぎだと思う。遠慮しようかどうか迷っていると、わたしの背中で彼の左手がもぞもぞと動いた。

「……え、あ、有礼さん?」

 ふっと呼吸が楽になる。浴衣の帯が解かれたのだと気付いたときには手遅れだった。仰向けに転がされ、上から覆いかぶさられる。身構える間も与えられず左耳に熱っぽい息を吹きかけられて、呼吸が止まるかと思った。

「欲しくないとは言わせない。……好きだろう?」

 わたしの好きなもの――彼がくれるものって、もしかして。

 

 

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