まつもとあつしの電子書籍最前線 2011年、電子書籍は進化したのか

更新日:2013/8/14

作り手と読み手の変化は着実に進む

わたしは2010年初頭から電子書籍を巡る動きを取材していますが、アマゾンKindleの上陸を前に、国内大手プレイヤーがそれを迎え撃つ体制は十分ではありません。ここまで述べたような水平分業から生じる混乱にきちんと整理が付けられた状態ではなく、ユーザーから見たときの価格面の不満(大沢在昌氏も指摘するように、紙の本と価格が何故同じなのか?という疑問)も相まって、支持を十分得ているとは言えない状況です。

今年大きく進んだスマートフォンの普及、iPadに代表されるタブレット端末の人気によって、市場自体は確実に成長している中、果たしてどの書籍販売プラットフォームが覇権を握るのか予断を許しません。

けれどもそんななか、より「本を作る」ことの側にいる人々、そして私たち読者には着実に変化が訪れていることが、この連載でも明らかになったと思います。その変化は、一般書籍の電子書籍では先行している北米のそれと比べても、多様で可能性に富んだものです。

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赤松健が考える電子コミックの未来

絶版コミックや小説を無料配信し、その広告収益を作者に全て支払うという思い切ったモデルで話題を集めたJコミは、12月10日にiPhoneアプリも提供開始、また月額100円で高解像度版と成人向け作品も読み放題になるプレミアムプランも開始し、一周年を迎えて進化を続けています。

電子本棚『ブクログ』と電子出版『パブー』からみる新しい読書の形

ブクログのパブーは、誰もがブログを更新するような感覚で作品を投稿、販売できるサービスとして注目を集めています。来年2月に発売される日本語ワープロ「一太郎」の新バージョンは、電子書籍の標準フォーマットと目されるEPUB3.0に対応、そこから生まれる電書書籍の展開先として、パブーとの提携を行うことが発表されました。

こういったツールや環境の整備によって、読み手と書き手の境界線がかなり曖昧になっていくことは間違いありません。11月8日に登場した「ニコニコ静画(電子書籍)」も、ニコニコ動画同様、ユーザーが作成・投稿した作品と、商業作品が同じ場所に並び、相乗効果を上げることを目論んでいます。

(参考リンク)ASCII.jp:動画の勢い、“静画”にも――ニコニコ静画(電子書籍)の狙い

ニコニコ静画の取り組みは、作品中にユーザーコメントが挿入されることで付加価値となり、読書のスタイルそのものも変化する可能性を秘めています。本連載でもたびたび言及している電子書籍ならではの「ソーシャルリーディング」の1つの形がそこにあると言えるでしょう。Kindleが実現しているアンダーラインやコメントの共有を上回る体験となり得るかもしれないのです。

「体験」のもう一つの未来形と言える「リッチ化」については、村上龍氏が率いるG2010も取材しました。

村上龍が描く電子書籍の未来とは?

G2010がリリースした村上龍氏の「歌うクジラ」は、今年3月に開催されたダ・ヴィンチ電子書籍アワードで文芸賞も受賞しています。iPadなどのタブレット端末の普及が進めば、絵本や教育教材など、こういったリッチ化されたコンテンツもビジネスベースに乗ってくる可能性は十分にあります。日本の得意とするデジタルコンテンツの制作力が活かされる分野とも言えるでしょう。

書籍の電子化は、販売されるものだけでなく、従来の図書館が果たしてきた「借りて読む」という体験も変えていくことになります。これについてはこの分野に明るい仲俣暁生さんとの対談がその方向性を知る手がかりとなりました。

電子書籍は読書の未来を変える?

この連載を開始するにあたり、最初にインタビューをさせて頂いたダイヤモンド社の加藤貞顕さん。「もしドラ」などのヒットを数多く生み出した加藤さんは、11月一杯でダイヤモンド社を退職され、現在は独立し会社を設立されました。

ダイヤモンド社の電子書籍作り

今回連載を振り返りながら見てきたように、書籍を巡るプラットフォームは、まだ「水平分業」というチャレンジの中で試行錯誤の中にあります。しかし読み手の側は、既にインターネットやソーシャルメディアに親しみ、コンテンツの受け入れ方が変化しているのです。

その変化に敏感な書き手・作り手は、それを感じとり、まだ未成熟な市場の中、様々な工夫を施し、創り出していくものを進化させ続けている、ということがよく分かります。その姿は、決して海外のそれに劣らず、むしろ「未来」を行っているとすら感じられるのです。わたしはそこに限りない可能性を感じます。
来年も、引き続きこの分野の動きを追っていきたいと考えています。
どうぞよろしくお願いいたします。

「まつもとあつしの電子書籍最前線」記事一覧
■第1回「ダイヤモンド社の電子書籍作り」(前編)(後編)
■第2回「赤松健が考える電子コミックの未来」(前編)(後編)
■第3回「村上龍が描く電子書籍の未来とは?」(前編)(後編)
■第4回「電子本棚『ブクログ』と電子出版『パブー』からみる新しい読書の形」(前編)(後編)
■第5回「電子出版をゲリラ戦で勝ち抜くアドベンチャー社」(前編)(後編)
■第6回「電子書籍は読書の未来を変える?」(前編)(後編)
■第7回「ソニー”Reader”が本好きに支持される理由」(前編)(後編)
■第8回「ミリオンセラー『スティーブ・ジョブズ』 はこうして生まれた」
■第9回「2011年、電子書籍は進化したのか」