谷崎潤一郎『卍』あらすじ紹介。同性愛と不倫。卍模様に交錯する愛

文芸・カルチャー

更新日:2023/10/31

』は文豪・谷崎潤一郎の代表作の一つとされる長編小説です。近代文学の名著と聞くと難しい内容と思われるかもしれませんが、不倫・同性愛・心理的マゾヒズムを描いた男女の倒錯的な愛欲の物語です。美しい日本語で綴られる文章の中に漂う濃厚なエロスを感じてみませんか。ここでは、物語の結末までのあらすじを簡潔にご紹介します。

谷崎潤一郎

『卍』の作品解説

 本作は、1928年から1930年まで、何度かの休載をはさんで雑誌『改造』で連載され、その後1931年に改造社から単行本として刊行された谷崎潤一郎の長編小説です。谷崎は美を最上の価値とする耽美主義に分類される文豪であり、数多くの官能的な恋愛小説を執筆しました。本作も、一人の女性を中心にした複数男女の狂気的な情愛の物語です。同性愛と不倫、夫婦で恋人をシェアするといったスキャンダラスな内容ですが、流れるような大阪弁の語り口をまじえ、日本語の美しさを感じることができるのも作品の魅力と言えます。

advertisement

『卍』の主な登場人物

柿内園子:裕福な商家に生まれ、結婚後も何不自由ない暮らしを送っている。

徳光光子:船場の毛織物問屋の娘。美しく自信に満ちあふれ、周囲を翻弄するが、かくしごとが多い。

綿貫栄次郎:光子の恋人。まれにみる美男子だが、性的に問題をかかえている。

柿内孝太郎:園子の夫。大阪で弁護士事務所を開業。生真面目な性格。

『卍』のあらすじ​​

 裕福な商家の生まれで、結婚後も何不自由なく暮らしていた柿内園子は、趣味で通っている美術学校で若く美しい徳光光子に出会い、恋心を抱く。夫との夫婦生活に情熱を感じられていなかった園子は、夫を欺きながら光子との関係を続けていくうち、夫から疑いの目を向けられるようになるが、女同士ということを逆手にとってふたりは大胆に交際を楽しむ。ある時、光子に男の恋人がいたことを知り、愕然とした園子だったがある事件からまたよりを戻してしまう。

 関係が戻ると、園子は以前にも増して光子を求めるようになった。夫には、光子が綿貫の子を妊娠し、世間に隠れて生活をしているため退屈しのぎの相手をすると嘘をつき、ふたりは逢引きを繰り返した。一方、光子と綿貫との関係も続いており、園子はふたりに利用されているのではないかと感じ始めていた。

 ある日、光子と遊んだ帰りに綿貫に呼び止められた園子は、光子が妊娠していると聞かされる。そして、光子を共有するためにお互いの関係を認め合い同盟を組むことこそ、それぞれが光子との関係を続ける唯一の方法だと説得され、誓約書を交わすことを求められ応じてしまう。一方光子は、綿貫が性的不能者であることを園子に暴露し、妊娠したというのは綿貫が光子を手に入れるためについた嘘で、本当は綿貫と縁を切りたいと思っているので助けてほしいと泣いて懇願した。光子に深く執着する綿貫は、園子の夫である孝太郎に例の誓約書を示し、ふたりの関係を暴露し、別れさせるよう依頼する。夫の監視が厳しくなる中、園子と光子のふたりは狂言自殺を図るが、意識が朦朧とする中、枕元で夫と光子が関係を持つところを見てしまう。

 孝太郎の計らいで綿貫は光子に接近できなくなったが、今度は園子と孝太郎が互いに光子を独占したいという欲求に駆られ、疑い合うようになる。これに喜びを感じた光子はふたりを支配するために毎晩薬と酒を飲むように強要し、自分への愛を試す。薬の量が増えてくるにしたがって、園子と孝太郎は日中でもぼんやりと過ごすようになり、光子と会っている時以外は生きる気力をなくし衰弱していった。

 死を意識するようになったある日、新聞に園子と光子の関係がスクープされた。以前光子に仕えていた使用人が、暇を出された恨みから新聞社に漏らした内容が連日報道される。3人は薬を飲み心中を図ったが、園子だけが生き残ってしまいひとり取り残された園子は、死んだ光子を恋しいと思い涙を流すのだった。