【第5回】ちゃんもも◎『刺激を求める脳』/手紙#2

文芸・カルチャー

2018/8/29

 馴れ初めと聞いて、貴方はそんなことか、とお思いでしょうけど、貴方が私にたったの5ヶ月で何気なしにやってのけて忘れてしまっていることが、私の身体中の細胞という細胞を蝕んで癌のようになってしまったことは確かな実感としてありました。

 決してあなたを愛していたわけじゃない、それでもどうしても、癌のように苦痛を伴っても捨てられない宝物にもなってしまった。

 貴方と私を、どうか少しでも長い間、貴方の中にも取って置いてください。貴方のなかから完全に私が消えてしまう日、その日が私の本当の命日になります。

 一方的ではありますが、目の前で自殺を図った22才の少女による幼気な愚行とは承知ですが、そこのところをよろしくお願い致します。

 決して貴方を遠回りの殺人者になんて、仕立て上げるようなことも、この手紙さえ読んでいただければ、心配はありません。どうかご自分を責めたりはしないでくださいね。

 普通の幸せに興味のない人間と出会ってしまったのが、たまたま、貴方だったのです。

 そんな私は、探していました、貴方だけのことを、ずっと。

 私が貴方を最初に見つけたのは、2人が直接出会う、ちょうど一年も前のことだったのです。

 私は、私の容姿が可愛いということをある程度理解をしています。故にほとんど全てを手に入れてしまう私は、21歳になる頃にはもう、全てに飽きてしまいました。

 そうしたときに、友人の勧めで、公開作品が全て興行収入1位を叩き出し続けているという劇団と監督のタッグからなる映画シリーズの最新作を観に行ったのです。

 映画は嫌いではないけれど、そこまで興味を持っていなかった私。だからこそ、ここに何か新しい楽しみが生まれたら良いなあ、なんて、ほんのりとした期待を胸に観に行くことにしたのです。

 街で一番大きい映画館の、一番大きなスクリーン。600人という座席数が人で溢れかえっていましたわ。

 そこら中の話し声、ポップコーンをかじる音、質の良い布でくるまれたように鈍く、響かないざわめきで包まれていた会場。それが消灯と共に、一気にシーン、と静まりかえる。

 私には初めてだったのです。600人もの人達の間に、一気に期待が走るのが手に取るように分かる瞬間――衝撃を受けました。

 こんなに立派な場所で映画を見るのは初めてで、それは大きく大きく映り、笑いや感動や緊張を巧みに操る役者さん達に、次第に私の心も掴まれていきました。

 登場する俳優さん達は皆さんすごく魅力的で、あのドラマに出てた人も、最近CMでよく見かけるあの人も、ここの劇団だったのかと関心してしまいました。

 映画が終わったあと、私はひどく感動してすっかり役者さんたちの大ファンになってしまっていたくらいです。

 私はなんとなく、口にしたのです。『次はここら辺、いきたいな』なんて――。

 まるで血に飢えた下品な男性が若い女性の群れを発見したときのような言葉だと、今は自分が恥ずかしくてたまらないのですが、欲しいものを見つけたときの私はいつも男のような別人の支配者によって、脳の指令を乗っ取られているような感覚なのです。

 ごめんなさいね。

 初めて出会ったあのとき、芸能ごとには無知で顔も見かけた程度なんて素振りをしましたけど、もともと、私は、何も知らない貴方を含んだそれらと出会いたい、と願ってしまっていたみたいなのです。

 一緒にいた友達も、頬がこぼれ落ちそうに緩んだ笑顔で「こんなかっこいい人達と一瞬でも話せたらとろけるほど幸せ」なんて言って。あの人とはこんな風に出会いたい、といった具合の妄想話に話を咲かせながら帰りました。

 よくある女の子同士の妄想話。でも私は、それをにわかに、いや、できるだけ確実に現実にしてしまおうかな、なんて思ったのです。

 あの瞬間の高ぶりと期待を思い起こすだけでも幸せな気分にひたれるくらい、そこから起きることにわたしは期待をしました。

 女子高生が背伸びをしてハイブランドの財布を持つみたいな、ただ手に入れたい、と思う欲求で、支配者が脳の中に現れて、手に入るように身体を仕向けてしまう。私はそんな癖のある女の子なのです。

 それはお金でも、地位でも、人間との繋がりでも、頭さえ使えば、自分が欲しいと思える範囲のものなら、無理なんてことはなく手に入れられることを本能的に知っていたのかもしれません。

 私はそうやって、全てのハードルをひとつひとつくぐり抜けるように、欲しいと願ったものをスイスイ吸い寄せてしまう。なんとなく生きているだけで、普通の女の子より何倍も、何もかも、手に入れていました。

 そんな私の目の前に現れた、新しい、ほしいもの。それがスクリーンの中のスター。みんなが憧れる、日本中の女の子の王子様。そんな人が私だけを見つめて、愛してると言ったら……?

 考えただけで胸が踊り出すみたいで。先の見えないくじ引きみたいに、わたしはこの時から運命の糸をそっと引いていきました。

 私はその時を探しました。直接的な賭けにでるために。

 私はあなたについて、手から血がでるほど毎日毎日インターネットで情報を調べ続けました。もちろん、あなたが女優の高橋真理子さんと破局報道がでたばかり、ということはすぐに分かりました。

 なんでも7年も交際していて、真理子さんは34才だったとか。

 35才を目前にした彼女とお別れするなんて、本当にいじわるな人……なんて勝手に思いながら、一瞬にして、あなたに興味が湧いて、あなたの過去のこと、交遊関係、簡単にわかることはすべて調べあげて、わたしはあなたの身の回りに不意に入り込む異物となる決心をしたのです。

 私、年増の女性をこけにする男性って大嫌いなのよ。そんな男にひっかかる馬鹿女も大概と思うわけなんだけどね。

 女は咲き頃の花みたいなもので、その美しさは永遠じゃないのに。甘い蜜に誘われてぶんぶんやってきたと思ったら、おいしいときだけ吸い散らかして、花びらが散ってからいなくなるなんて、あまりにも酷い話じゃない。

 私のママなんて、23才であたしを身ごもって、「女として見られなくなった」の一言でポイされたらしいのよ。

 頭はお馬鹿さんだったみたいだけど、顔だけは綺麗なママ。そのプライドの生き写しのように育てられたせいかしらね、私とはなんの関係もないあなたのことを、ただじゃおかない、なんて思ってしまったし、とにかく何故かすごく興味が湧いたのよ。

 早くあなたに会って話してみたい。

 今度はあなたの出演する舞台の千秋楽を観に行きます。

写真モデル=シイナナルミ
撮影=飯岡拓也
スタイリング=TENTEN