本当はいい奴だった… !? 民に慕われた名君・吉良上野介/『日本の歴史人物 悪人事典』⑥

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公開日:2020/2/20

小説やマンガ、映画の世界では、 正義のために戦うヒーローがいれば かならず敵対する悪役がいます。 歴史上でも同じように、 世の中を動かしたスゴい偉人の裏には、いつの時代も悪人の存在がありました。だから、「悪人」を知れば 教科書にはのっていない歴史の秘密が見えてくるかも――? 大泥棒、独裁者、裏切り者、詐欺師、悪女、テロリスト… 日本史上の悪人40人が大集結! こわいけれど、おもしろい。「悪人」たちの世界へようこそ。

『日本の歴史人物 悪人事典』(河合敦/ワニブックス)

有名な「忠臣蔵」の物語の悪役は地元では名君として有名だった

吉良上野介

生没年:1641~1702年
享年:61歳
出身地:不明

「忠臣蔵」という物語を知っていますか? 映画やおしばいなどでよく上演され、NHKの大河ドラマにもなった有名なお話です。これは、江戸時代に実際に起こった赤穂事件がモデルになっています。事件のあらましは、こうです。

 吉良上野介という幕臣が江戸城の松のろう下にいました。するととつぜん、赤穂藩主※の浅野長矩が小刀を持っておそいかかってきたのです。不意をつかれた吉良は、額や背中を切りつけられましたが、すぐに近くの人が浅野をだきとめたので命は助かりました。

 この日、江戸城では大事な儀式があり、浅野はその担当者で、吉良は浅野を指導する立場にありました。言い伝えによると、儀式の準備にあたり、指導役の吉良が浅野をばかにしたり、意地悪をしたりしたそうです。

 その理由は、浅野が事前に吉良へわたした付け届け(御礼)が少なかったためだといわれていますが、本当の理由はわかりません。

 吉良は幕府の取り調べに対して、「おそわれた理由はゼンゼンわからない」と答えました。一方、浅野は「うらみがある」と言っただけで、具体的な事情を語らぬまま、その日のうちに切腹させられてしまったからです。

 事情聴取の結果、幕府は無ていこうだった吉良は無罪とし、浅野は本人の切腹にくわえ、赤穂藩もつぶすことにしました。

 それから1年半後。浅野の元家臣である赤穂藩の浪士※たちがいきなり吉良の屋しきに侵入、吉良を殺害したのです。浪士たちは幕府の判決に不満でした。

 主君の浅野が一方的に吉良をおそうはずがない、二人はケンカをしたのだと考えました。当時のケンカは、同じ裁きを受けるのが原則。なのに、吉良が罰せられないのは不公平だと考え、こうした行為におよんだのです。

 この事件を知り、人びとは亡き主君を思った素晴らしい行為だとほめたたえました。そして、事件をモデルに「忠臣蔵」という物語がつくられ、大人気となっていったのです。

 けれど、吉良上野介の領地では、吉良は名君だと人びとにしたわれていました。彼はお国入り※のたびに馬で領内をまわり、親しく領民たちとまじわりました。村が洪水になやんでいると知ると、堤防をつくってこれを救い、用水や排水路を整備して農業を助け、大規模な新田開発や塩田の開発をおこなって領内を豊かにしたそうです。

 そんな人物が悪人にされたのは、そうしたほうが忠臣蔵のおしばいがおもしろくなるからです。もしも吉良が善人だったらおもしろさが半減するどころか、集団で吉良という老人を殺害した赤穂浪士たちのほうが悪人となり、おしばいとして成り立たなくなってしまいます。そういった意味では、吉良は「忠臣蔵」という物語の人気を保つためのぎせい者ともいえるのです。

用語解説

【赤穂藩主】赤穂藩は、現在の兵庫県赤穂市にあった藩。

【浪士】元藩士のこと。

【お国入り】大名などが自分の領地におもむくこと。

続きは本書でお楽しみください。