ドッグフードにお湯をかけて食べた… 父の事業失敗で極貧生活を送った子ども時代/実家が全焼したらインフルエンサーになりました②

文芸・カルチャー

公開日:2020/6/17

実家は全焼、母親は蒸発、父親は自殺…。新橋で働くサラリーマン“実家が全焼したサノ”がインフルエンサーになるまでの軌跡を描いた、笑いあり・涙ありのエッセイ集。

『実家が全焼したらインフルエンサーになりました』(実家が全焼したサノ/KADOKAWA)

父がアダルトビデオ屋を始めた話

 母と離婚した父は、しばらく酒に溺れ、やさぐれていました。

 どれくらいやさぐれていたのかと言うと、町中の不良という不良に片っ端からケンカを売り、すべて返り討ちに遭って帰ってくるくらい、やさぐれていました。

 父は普段は優しい人なのですが、お酒を飲むとダメになる人でした。

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 ケンカをすると、いつも相手は無傷、父は血だらけでした。

 それなのに父は 「今日も引き分けやったな……」 と僕にだけ聞こえる声で囁き、いつも虚勢を張っていました。

 そんな父だったので、母が出ていったのも、仕方なかったのかもしれません。

 しかし僕は、そんなダメな父がけっこう好きでした。

 母は僕を置いて出ていってしまいましたが、父は愛情を持って、僕を育てようとしてくれたからです。僕が父を好きな理由は、それだけで十分でした。

 母が出ていってからも、父はリサイクルショップの経営を続けていました。

 リサイクルショップの商品は、市場やごみ置き場から仕入れていて、僕も父と一緒に市場の競りに参加したり、粗大ごみ置き場から骨董品や、高級家具などのお宝を見つけたりしたこともありました。

 とはいえ経営はうまくいっておらず、収入は決して多くありませんでしたが、それでもなんとか、2人でご飯を食べていく分のお金はギリギリ稼いでくれていました。

 そんなある日、父は何かが吹っ切れたかのように、「このままやったらアカン!」 と言い出しました。

 酒に溺れているし、母に離婚されているし、全戦全敗なのにケンカに挑むし、アカンことが多すぎて、僕は父が何を「アカンこと」だと思っているのかわかりませんでしたが、父の目はとにかく本気でした。

 そして改めて、「お店を立て直さなアカン!」と言いました。

 父の考えによると、「貧乏のままだと、選択肢も減るし、思考もネガティブになる」とのことでした。だから父は一念発起して、事業拡大に踏み切ることに決めたのです。

 お店の立て直しに成功して大金持ちになったら、父はいったい何を買ってくれるのだろう、そもそも父はどんな事業を始めるのだろうと、僕はとてもワクワクしました。

 すると父は「主婦だけじゃなくて、男性客も取り込みたい」と言って、店内にビデオを陳列し始めました。アダルトビデオでした。

 父は家具のリサイクルショップと併設して、アダルトビデオの販売を始めたのです。

「家具」と「アダルトビデオ」。

 かなりよく言えば、「スターバックス」と「TSUTAYA」のコラボのような感じでしょうか。

 一般的に経営学では、既存の事業に関連した新規事業を行う方が、既存の資源を活用できる場合があるため、相乗効果が期待できると言われています。

 しかし父は非関連多角化といって、既存の事業と関連性が低い事業へ進出し、成長していく戦略を選びました。父の目は、完全に勝負師の目をしていました。

 子供の僕には、状況がよくわかりませんでしたが、とにかく父が頑張ろうとしていることだけは伝わりました。

 そして父は、アダルトビデオを家具の中に収納して陳列するという、大胆すぎる戦略をとってしまいました。

 本人は、「効率よく空間を使わんとな」と、したり顔でした。

 しかし、この戦略は完全に失敗でした。

 店内にアダルトビデオが並ぶようになると、これまで家具を購入してくれていた女性の既存顧客は、一気に離れていってしまいました。

 そして、既存顧客であった主婦の目を気にしてか、男性客もほとんど来ず、アダルトビデオもあまり売れませんでした。

 こうして父が頑張れば頑張るほど、僕たちは貧しくなっていきました。

 そしてとうとうお金が尽き、家賃も払えなくなり、家に残っているのは、大量のアダルトビデオと、父が拾ってきて家で飼っていたハスキー犬と、父と僕だけになりました。

 そんなある日、父はポツリとこう言いました。

「やばい。家にドッグフードしかない。ドッグフード、1回食べてみよか」

 こうして父と僕は、大型犬用のドッグフードを食べてみることになりました。

 テレビの芸人さんや、最近だとユーチューバーの人がネタとしてドッグフードを食べるケースはあると思います。

 しかし、本気の食事としてドッグフードを食べた人は、そう多くないでしょう。

 飼っていたハスキー犬も、ドッグフードを食べようとしている僕たちを見ながら、少し引いているようでした。

 僕はお茶碗にドッグフードを入れ、意を決して、ドッグフードをすくったスプーンを、口の中に入れました。

 すると案の定、とても硬いし、なんだか腐ったおかきのような味がして、お世辞にも「おいしい」と言えるようなものではありませんでした。犬のために作られたものなのだから、当たり前です。

 すると父は、とても真剣な顔で、「これ、お湯かけてみたらいけるかも……」 と僕に提案してきました。

 なんでこの父親は、ドッグフードを美味しくいただこうとしてるんだよ、と、ツッコミたい気持ちでいっぱいでした。

 しかし、今、食卓にあるのはドッグフードだけなので、食べるしかありません。

 僕はドッグフードにお湯をかけて食べてみました。

 すると、水分を含んだおかげでドッグフードは少し柔らかくなり、臭いもいくらかマシになりました。

 父は「ほらな?」と、少し得意げでした。

 翌日、ドッグフードを食べた話を祖母に話したら、祖母は父に激怒し、大量の食材を届けてくれました。

<第3回に続く>