まつもとあつしの電子書籍最前線Part2(後編)赤松健が考える電子コミックの未来

更新日:2018/5/15

海外に日本の絶版マンガを拡げる一歩にも
 

――アルヌールの新機能についてもう少し伺いたいと思います。Jコミフェローをはじめ、一般の読者がセリフのテキスト入力を行えるようにしたことによって、その内容に基づいてAdsence型の広告が表示できるのが大きな特徴ですが、「荒らし」やイタズラのような問題が起こる心配は無いのでしょうか?
 
赤松:基本Wikipediaと同じ仕組みをとっています。つまり、誰がいつ書き込みを行ったかが記録されていますので、それによってイタズラ行為はある程度防げるのではないかと考えています。

ただ、サーバーの容量や性能の制約から、現状では過去の投稿履歴が残らないため、せっかくの投稿を削除されてしまうと、困ってしまいますね。いまのところ、そういったイタズラがないことは助かっていますが。とはいえ、お話ししたようにIDは記録されていますから、わざわざ特定されるリスクを犯して削除するメリットはないでしょうね。
このあたりの対策は、今後の利用状況もみながら考えていきたいと考えています。

――GoogleのAPIを使って、日本語のセリフを外国語に自動翻訳する機能も備えました。
 
赤松:あくまで機械翻訳ですから、「なんとか話の筋が追える」レベルではあります。読み上げもすべて同じ声になる予定なので、ちょっと味気ないですね(笑)。

また、ボタンなどのUIがすべて日本語なので、正直海外からの利用も多いとはいえません。

ただ、研ぎ澄ましていけば、目の不自由な方や外国の方にもマンガを楽しんでいただけるきっかけになるのではと思って取り組んでいます。

――アニメの世界では、「ファンサブ」と呼ばれるようなサイトが人気を博しています。海外のファンが、字幕(サブタイトル)をつけて作品を広めているという実態がありますが、Jコミもそんな方向を目指しているということでよろしいでしょうか?
 
赤松:そうですね。そのためにも、セリフの入力の仕組みを備えているわけです。本格的に海外のユーザーにJコミを楽しんでもらうため、またそれによる広告売上の増加のためには、作品のラインナップがもっと充実するのが先決ですので、まずはそこからではありますが。

海外とくに北米が視野に入ってくると広告の売上げが違ってきますから、がんばりたいですね!電子書籍に広告が付く、ということについては、代理店・広告主さんからも引き続き強い関心が寄せられていますので。

Jコミはコミック流通の未来を先取りしている
 
――震災後、週刊少年ジャンプなど主要なコミック誌は電子版の無料配付を行いました。赤松先生も「その気になればできることが証明された」という旨の発言をTwitterでされていましたが、今後コミックの電子出版はどのような展開を見せるのか、展望を聞かせてください。
 


ヤフーで無料公開されたジャンプ第15号。他のコミック誌や雑誌もこれに続いた
 
赤松:たしかに技術的・手続き的に電子配付ができる、ということは示されたわけです。ただ、今回は震災後の特別な対応としての無料配信ですが、そのコストは各社が持ち出しで行っているはずです。今後それをどうするか、ですね。たとえば1冊50円だったら買いますか?

――うーん。すでに無料配付されているコミック誌もあるなかでは、どうなんでしょう……。個人的には迷いますね。
 
赤松:出版社も本当は200円くらいで考えたいところだと思うんですよ。でも、そうしたら多分みんな読まない(買わない)ですよね。ジャンプのような人気・発行部数を持つ雑誌であれば、電子流通させる意味は薄いと思います。売れないとは言えませんが、ネットでは無料じゃないと、数が出ないですよね。

それを突き詰めて考えていくと、やはり無料で配付して広告をつけて回収を図っていく、という結論にならざるを得ないんじゃないでしょうか。Jコミはその実験を先行して行っている、とも言えますね。もし「手を組みたい」という出版社がおられましたら「いつでもお待ちしています」という姿勢なんですよ(笑)。

――門戸は開かれているわけですね(笑)。
 
赤松:(大きく頷きながら)はい。週刊少年ジャンプや週刊少年マガジンの規模になると、1号作るのにだいたい2千万円くらいかかるはずですので、それだけの広告を集めるのはなかなか難しいですけれども……。逆にまつもとさんは1年後Jコミや電子コミックの世界ってどうなっていくと思います?

――そうですね。別のところでも書いたことがあるのですが、図書館のような品揃えを誇るサービスが生まれる一方、一種かつての「文壇」のようなものが形成されるんじゃないかというイメージは持っています。Jコミであればこの仕組みに共鳴する作家・作品が集まってくるわけですから。
 
赤松:なるほどね……。わたし自身が作品の選別をする訳ではありませんが、仕組みへの共感はたしかに前提としてあるでしょうね。この仕組みは漫画家自身がやっている、そして100%作者に還元するからこそ成立していることは間違いないでしょうね。

震災との関連で言えば、よく指摘されることではありますが、電子書籍は紙やインクの不足や風評被害からも無関係な存在です。電子書籍で日本のコミックを海外に発信していくことの意味は一層高まっていると思いますね。Jコミはこのピンチをチャンスに変えてステップアップしていきます。

絶版マンガというのは日本の埋蔵資源です。それを発掘して海外にも紹介していき、漫画家に善意とおカネを還元していく。それによって、また筆を置いていた先生も新作を生もうと腰を上げてくれるかも知れません。そんな好循環を生み出したいですね。

この流れを完成させたらわたしも次回作に取り組みたいので、Jコミは他の方に任せて、そちらに専念したいとも思ってます(笑)。そのためにもいま頑張っているところです。


取材を終え、連載の執筆に戻る赤松氏。作業机の前のモニタでJコミやTwitterをチェックしながら、次回作の構想も練る忙しい日々が続く
 
――なるほど。お忙しい中、長時間ありがとうございました。Jコミの今後の展開、また次回作にも期待しています。
まつもとあつしの電子書籍最前線」 バックナンバー
■第1回「ダイヤモンド社の電子書籍作り」(前編) (後編)