多趣味で酒好きの父。そんな父がつくった思い出の石鹸【泡が立たない石鹼】/ナダル『いい人でいる必要なんてない』

文芸・カルチャー

更新日:2022/7/21

 人に気を遣いすぎて疲れしてしまう、思ったことをなかなか言えない…。そんな「人間関係」で悩んでいる方も多いのではないでしょうか。

 今回は、人気お笑いコンビ、コロコロチキチキペッパーズ・ナダルさん初の著書『いい人でいる必要なんてない』をご紹介します。

 バラエティー番組に引っ張りだこのナダルさん。本音で生きる彼の姿の裏には、幼少期のいじめ体験や劣等生だった養成所時代など、数多の苦悩や葛藤がありました。そんな経験から「自分を犠牲にしてまで、いい人でいる必要はない」と導き出したナダル流の「本音で生きる術」をまとめました。今最もストレスフリーな男の生き方を綴るエッセイです。

※本作品はナダル著の『いい人でいる必要なんてない』から一部抜粋・編集しました

いい人でいる必要なんてない
『いい人でいる必要なんてない』(ナダル/KADOKAWA)

泡が立たない石鹼

 僕の父は村で一番おっかない男だった。今思い返せば自分で「何やっとんねん」と思うけど、子どもの頃に友だちと公園のトイレを土で埋めて使えなくしたことがある。遠くのほうから僕たちを見つけて「お前らぁ! こんなことして許されると思っとんのか‼」とテレビの音量60くらいのボリュームで怒鳴られた。

 いつしか友だちから、「お前のおとんはやばすぎるな」と言われるくらい恐れられていた。新聞紙を丸めた筒状の棒でバシバシとしばかれて、剣道や水泳に行きたくないと駄々をこねる僕は追い立てられる毎日。

 そんな父は、スキーや卓球など自分の好きなことを見つけては、ひたすらやり続けるような人間で、あまり家族のために何かをしているところを見たことがない。家族でどこかに出かけた、という記憶も数えるくらいしか思い出せない。

 お酒も大好きで、父を探すなら家に帰るよりも近場にある酒屋に行ったほうが高確率で見つかるほどだ。家族といる時間よりも酒屋にいるほうが長く、水を飲むように酒を飲む。

 また、父は魚が好きで庭に穴を掘って池を作ったり、魚の養殖場に連れていってくれたり……生臭い記憶がたくさんある。だけど、あの頃一緒に釣りに行って、今でも続く僕の趣味になっているのだから、父は自分の好きなことの魅力を伝えるのが上手いのかもしれない。後の話になるが、僕が水産系の大学に進学したのも父からの影響が大きい。

 やりたいことばかりしていた父からは、口癖のように「好きなことをして生きろ」と言われてきた。そんなことを言いながらも、僕が嫌だと言っている剣道には引きずってでも連れていく。もうわけが分からない。

 趣味に没頭していてお酒が好きという紹介で終わってしまったら、僕の父はろくでもない印象で終わってしまうかもしれない。名誉のために説明しておくが、僕の父は石鹼を作るという職人のような仕事をしていた。その石鹼は業務用で、六角形のつるっとした塊が家にはたくさん置いてあった。

 学期末になって上履きを学校から持って帰ってくると、それを家で洗う。みなさんも一度はやったことがあるはずだ。その時、きっと泡がいっぱいのたわしとかスポンジで洗って、水で流して……というのを繰り返したことだろう。

 僕はといえば、父の作った業務用の石鹼でゴシゴシ洗う。ここまでは一緒。ただこの石鹼、業務用だからなのかものすごく泡立ちが悪い。みなさんの学校にあったかは分からないけど、いわゆる手洗い場の蛇口にあるようなレモン形の石鹼。あのくらいの泡立ちしかない。

 10回や20回こすっても泡ができず、上履きがほんのりとヌルヌルになって終わる。きれいにはなるが、いい匂いにもならない。カチカチの石鹼をこするから手首も痛い。ただ、手首が痛くなるだけ。この石鹼はなんのための石鹼なんだと、何回思っただろうか。

 子どもの頃は、泡がふわっふわの状態になっているだけでテンションが上がるものだ。本当はやりたくない上履き洗いも、そのちょっとした楽しみがあれば乗り切れるというもの。汚れなんて落ちなかったとしても、それだけでいいくらいの魅力があのふわっふわにはある。

 だけど、僕はその経験を小学校時代にすることはなかった。固い石鹼を上履きにこすり続ける上履き洗いは、僕の中では苦行でしかなかった。

<第4回に続く>


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