SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第10回「ぱぱー」

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公開日:2022/4/27

 ぱぱー不在。

 ガーーーーーーーーーーン。

 そうだよね、ぱぱー居たらそんな大きい声で呼んだりしないよね。ぱぱーどうしたのかな? お仕事の人と電話してるの? それともおしっこ行っちゃったかな?

 そして、お母さんの様子がまた絶妙であった。注目されていることに気が付いたお母さんは、ちびっこの口を抑えてからぎゅっと抱き締め、眉を軽く下げて困ったように笑い、方々にゆっくり頭を下げたのだった。

 いや生々しい。なんか私の女房感出てますけど。焦ってバタバタしないから逆に「あ、主人がいつも」的な生々しさ出てますよ。

 これは穏やかではない。歌ってかいた汗は、あっという間にひやっとした異質な汗で全て上書きされた。弁解に走るのも変だし、全力で否定するのも妙だ。いっそ乗っかってぱぱーになってみるのも手かもしれないと考えたが、その後の始末に掛かる多大な苦労を考えたら得策とは言えない。頭の中がチカチカした。何をどうしてもこの場合は裏目に出てしまう気がした。

 おそらくリアクションをしないでいることが最善だったのだろう。しかし焦れば焦るほど人は無駄に動きたくなるものだ。私は必死に考え、考え抜いた上で笑うことに決めた。

「ズァハハハハハ」

 自分でもびっくりするくらい変な笑い声は、優秀なマイクに拾われ、最適な音量で会場に響き渡った。ホールの鳴り方が、憎かった。

 万策が尽きてただ立ち尽くした。もはや事態に対する焦りも、対処出来ない事案に対する恐怖もなかった。そしてだんだん、あのちびっこはもしかすると本当に息子なのでは、とまで思えてきた。

 ステージに立って手を振る父の姿を見て、息子はいつものように父を呼んだだけか、そうか、そうだよな。でもな息子、聞いてくれ。今、私はステージの上にいる。ここでの一番はお前じゃないんだよ。今は理解することが難しいかもしれないけど、これが私の生き方なんだ。本気でやるから見ててくれ。

 大きく息を吸い込むと冷静になれた。さア、ステージを続けよう。

 私は小さく笑って、今一度、二階のちびっこを見つめた。そして目で問うた。

「なア、どうだ。ぱぱーかっこいいか」

 

 あの日のことを思い出すと胸の奥がぎゅっと締まる。

 最後の曲の途中、急いで席に戻ってきたぱぱーが見えた。三人が揃って、肩を寄せて、それはもう紛うことなく「家族」だった。

 曲が終わってステージを降りた。楽屋に戻って鏡に自分を映した。長い時間私と目を合わせて、そして思った。

 私はバンドマンだ。ぱぱーじゃない。

 それが悲しいわけではい、ましてや悔しいわけでも。ただ、どうしてか、寂しかった。

 

 再び、あのちびっこと会う機会があったとして。もしかしたらちびっこは私のことを見て言うかもしれない。「ぱぱー」と。その時私はどうするだろう。

 きっと、私はゆっくりしゃがんでちびっこと目線を合わせるだろう。そして肩に優しく手を置いて、一度は父と息子だった過去なんてきっぱりとなかったことにして。言うのだ。

「ぼうず、何言ってんだよ」と。とびきりの笑顔で。

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しぶや・りゅうた=1987年5月27日生まれ。
ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2009年6月メジャーデビューするものの、2011年に活動の場をメジャーからインディーズへと移し、年間100本以上のライブを実施。2012年に自主レーベルI×L×P× RECORDSを立ち上げたのち、2013年にmurffin discs内のロックレーベル[NOiD]とタッグを組んでの活動をスタート。2018年4月には初の東京・日本武道館ワンマンライブを開催。結成15周年を迎えた2020年、Sony Music Recordsと約10年ぶりにメジャー再契約。「名前を呼ぶよ」が、人気コミックス原作の映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用される。現在もライブハウス、ホール、アリーナ、フェスなど年間100本近いライブを行い、2022年10月から12月に自身最大規模となる4都市8公演のアリーナツアーも全公演ソールドアウト、約75,000人を動員した。さらに前作に続き、2023年4月21日公開の映画『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』に、新曲「グラデーション」が、6月30日公開の『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』の主題歌に新曲「儚くない」が決定。同年7月に、自身最大キャパシティとなる富士急ハイランド・コニファーフォレストにてワンマンライブを2日間開催。9月からは「SUPER BEAVER 都会のラクダ TOUR 2023-2024 ~ 駱駝革命21 ~」をスタートさせ、2024年の同ツアーでは約6年ぶりとなる日本武道館公演を3日間発表し、4都市9公演のアリーナ公演を実施。さらに2024年6月2日の東京・日比谷野外音楽堂を皮切りに、大阪、山梨、香川、北海道、長崎を巡る初の野外ツアー「都会のラクダ 野外TOUR 2024 〜ビルシロコ・モリヤマ〜」(追加公演<ウミ>、<モリ>)開催する。

自身のバンドの軌跡を描いた小説「都会のラクダ」、この連載を書籍化したエッセイ集「吹けば飛ぶよな男だが」が発売中


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