第四回 藤原兼家(道長の父親)【大河ドラマを100倍楽しむ 王朝辞典 】

文芸・カルチャー

公開日:2024/3/17

第四回 藤原兼家ふじわらのかねいえ(道長の父親)【大河ドラマを100倍楽しむ 王朝辞典 】

 ここでは道長の父親である藤原兼家を見ていきましょうか。
兼家は政略家として有名。花山天皇かざんてんのうを出家させたのも兼家の計略です。また、よく出てくるお話としては、兄・兼通かねみちとの争いですね。
 二人の兄である伊尹これまさが亡くなったあと、どちらが関白になるのか、争いが始まってしまいました。その時、兼通には必殺技があったのですよ。
 それは「関白は兄弟の順番にしてください。決して間違えてはだめですよ」という安子あんしのお言葉。それを兼通は持っていたんです。そしてそれを利用して円融天皇に伝えました。安子は、兼通の妹。そして円融天皇のお母さんでした。兄弟の順番だから、兄の兼通が先になります。
 ややこしいですか。そんなことはないですよ。兼通は妹・安子の言葉を利用して、自分が関白になったんです。天皇は母の言葉を守ったのですね。……というような話は有名。
 ただ、ここから兼家の別の面、というか歌人としての姿を見ていきましょう。まず、兼家はあまり知られてませんが、歌をよく詠みました。
 それはね。さきほど出てきた円融天皇のもとで作っているのですよ。たとえば、兼家が政治的に沈淪した時なんか、長歌ちょうかを円融天皇に送って自分の窮状きゅうじょうを訴えてます(『拾遺和歌集』五七四)。
 長歌ってわかるでしょうか。五・七の句を三回以上繰り返し、終わりを七・七で結ぶ歌なんです。だから、三十一文字の和歌よりもずっとずっと長い。それを作るんだから大変です。こんな長い歌も兼家は作れたんですよね。
 また、兼家は妻の一人であった道綱母が書いた『蜻蛉日記』にもたくさん歌を残しています。道綱母は歌人で有名。だから、その人に対抗できるだけの和歌が作れたというわけです。それでは、兼家が最初に道綱母に送った歌をちらっと見てみましょうか。

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 音にのみ聞けば悲しなほととぎすこと語らはむと思ふ心あり
(ほととぎすの鳴き声ばかり聞いているように、あなたのことを噂にだけ聞いているだけなのはつらいのです。ぜひお話がしたいのです。)(『蜻蛉日記』上巻)

 どうでしょうか。ほととぎすを道綱母にたとえて、噂ばかり聞いているのが悲しいという気持ちが素直に歌われていますね。それに、歌のなかにある「こと語らはむ」といった言葉は当時、はやっていた言葉なんです。
 ここでちょっと一言。当時の恋愛は、なんと顔を見ないところから始まるのです。ここにあるように男性は女性の噂を聞いたり、また、御簾(ブラインド)から、ちらっと見えた女性に恋をするのでした。
 だから「顔を見る」ことはすなわち「結婚する(関係ができた)」ということだったのですよ。びっくりですね。
 さて、兼家の歌に戻りますね。この歌は気持ちが、ほっこり入っていて、なおかつ、はやりの言葉が入っている和歌でした。このように、兼家は最新の注意を払って和歌を作っているのです。それで彼の歌は勅撰集(天皇の選んだ歌集)に十六首も入っているのでした。
 政治家としての兼家はいろいろなお話とともに伝わっていますが、歌人としての兼家は、まだまだ研究されていないのですよ。まずは『蜻蛉日記』の兼家の歌をお読みになって分析して下さいね。    彼の歌は、『蜻蛉日記』のなかに約四十二首あります。きっとおもしろいことがたくさん見つかりますよ(角川ソフィア文庫の『新版 蜻蛉日記Ⅰ』『新版 蜻蛉日記Ⅱ』を参考にして下さいね)。

プロフィール

川村かわむら裕子ゆうこ
1956年東京都生まれ。新潟産業大学名誉教授。活水女子大学、新潟産業大学、武蔵野大学を経て現職。立教大学大学院文学研究科日本文学専攻博士課程後期課程修了。博士(文学)。著書に『はじめての王朝文化辞典』(早川圭子絵、角川ソフィア文庫)、『装いの王朝文化』(角川選書)、『平安女子の楽しい!生活』『平安男子の元気な!生活』『平安のステキな!女性作家たち』(以上岩波ジュニア新書)、編著書に『ビギナーズ・クラシックス日本の古典 更級日記』『ビギナーズ・クラシックス日本の古典 拾遺和歌集』(ともに角川ソフィア文庫)など多数。

作品紹介

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『はじめての王朝文化辞典』
著者:川村裕子 絵:早川圭子
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『源氏物語』や『枕草子』に登場する平安時代の貴族たちは、どのような生活をしていたのか?物語に描かれる御簾や直衣、烏帽子などの「物」は、言葉をしゃべるわけではないけれど、ときに人よりも饒舌に人間関係や状況を表現することがある。家、調度品、服装、儀式、季節の行事、食事や音楽、娯楽、スポーツ、病気、信仰や風習ほか。美しい挿絵と、読者に語り掛ける丁寧な解説によって、古典文学の世界が鮮やかによみがえる読む辞典。

『ビギナーズ・クラシックス 日本の古典 拾遺和歌集』
編:川村裕子
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『源氏物語』と同時期に成立した勅撰和歌集。和歌の基礎や王朝文化も解説! 「拾遺和歌集」は、きらびやかな貴族の文化が最盛期を迎えた平安時代、11世紀初頭。花山院の勅令によって編まれたとされる三番目の勅撰和歌集。和歌の技法や歴史背景を解説するコラムも充実の、もっともやさしい入門書。

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