遭難者に突然降りかかった悲惨な事故――真相が分かると心底怖い、山の怪談集

マンガ

更新日:2018/8/27

『山怪談』(安曇潤平:原作、伊藤潤二、伊藤三巳華、猪川朱美、今井大輔、吉富昭仁:漫画/朝日新聞出版)

 険しい山を苦労して登り、頂上から景色を見下ろす――。山登りはよくロマンティックに語られるものだが、常に危険と隣り合わせのものでもある。急に天候が悪化して猛吹雪になることもあれば、夢中でキノコを探しているうちに道を見失って遭難してしまうこともある…。そんなニュースや報道を見聞きすることは、季節にめぐまれた夏になっても多い。

 山という大いなる自然の前には、私たち人間の力など非常に微々たるもの。だからこそ、山にまつわる怪談が、科学の進んだ今日でも生まれ続けているのかもしれない。そんな“山岳怪談”の第一人者と呼ばれているのが、本作『山怪談』(安曇潤平:原作、伊藤潤二、伊藤三巳華、猪川朱美、今井大輔、吉富昭仁:漫画/朝日新聞出版)の原作者・安曇潤平氏だ。安曇氏は、自身も数々の山に登りながら、怪談専門誌『幽』での「山の霊異記」の連載や、TV番組での怪談語りなど、山における怖い話を中心として幅広く活動をしている。『山怪談』は、安曇氏の「山の霊異記」シリーズ(KADOKAWA)をベースに、5人のマンガ家が新たな恐怖体験をくり出すコミカライズ作品集。ホラーマンガ界の重鎮・伊藤潤二氏を筆頭に、『クロエの流儀』(日本文芸社)の今井大輔氏など、バラエティ豊かな執筆陣による、どれも読後にゾクっとくるような作品が集結した。

■遭難者の身に起こった事故の真相が分かると…心底怖い!

 伊藤潤二氏の作品は、原作にある怪談「笑う登山者」と「乗鞍岳の夜」を組み合わせた野心作。H岳に登山にきた安曇氏自身を主人公に、途中の山小屋でふたりの登山者と同室になり、最近起きたばかりの遭難事故について話すところから物語は始まる。山小屋の管理人によれば、遭難したのは50代の女性登山者。小屋の管理人に「H岳を往復してくる」と伝えて出発したきり戻ってこなかった。翌朝、雪渓に落ちて亡くなっている彼女の無残な遺体が発見されたのだが、その事故現場の様子がどうにもこうにも妙だという。その雪渓は山の尾根にある登山道の両脇にあり、登山道から雪渓までは数メートルの距離があるため、めったなことではそこに落ちないはずなのだ。

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 その奇妙な話を聞いた登山者のふたりは、それぞれ過去に自分の身に起きた奇妙な体験について話し出す。そして、彼らふたりの怪談話をもとに、安曇氏がH岳で女性を襲った悲劇を想像してみると…というミステリー仕立ての1編だ。非現実的な状況に対する合理的な推理のバランスが絶妙で、その推理に納得すると同時に「あっ…」と声が出てしまうような恐怖が押し寄せる。気になったあなたはぜひ本編を読んでいただきたい。

■恐ろしいだけでなく、包容力があるのが山の魅力…

 恐怖体験だけでなく、共に山に登る者たちの間にはぐくまれる友情や共感を物悲しく描く作品もある。今井大輔氏の作品は、大学の山岳部による“追悼山行”が題材だ。描かれているような吹雪の山小屋で起こる心霊現象も心底怖いのだが、それ以上に、読了後には山岳部の仲間たちが根底に持っていたであろう温かい絆が強く心に残った。

 本書に収められているのはどれもいわくつきの怪談ゆえに、「この本を読めばきっと山に登りたくなる!」という保証はまったくできないが、山が持つ恐ろしさと、その峻厳さから生まれる包容力――その両面が感じられる、山への敬愛に満ちた怪談集である。

文=中川 凌