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魔術的リアリズム―メランコリーの芸術 (ちくま学芸文庫)

魔術的リアリズム―メランコリーの芸術 (ちくま学芸文庫)

魔術的リアリズム―メランコリーの芸術 (ちくま学芸文庫)

作家
種村季弘
出版社
筑摩書房
発売日
2010-02-09
ISBN
9784480092786
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魔術的リアリズム―メランコリーの芸術 (ちくま学芸文庫) / 感想・レビュー

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藤月はな(灯れ松明の火)

1920年代の第一次世界大戦後の不安定なドイツで起こった醜を押し出し、幻想的且つメランコリックな美術情勢とその後のアメリカでの大衆文化としての消化された展開についての評論。文学やデュラーなどから引き継ぐ幻視のまなざしや表象の意味を考察しています。そして美術家やその関係者がまるでどこか不安な絵がカッサンドラの予言となってしまったような最期を迎えているという所も謎めいています。個人的に印象的だったのは対象を一人の存在として描き、無感動に描き出した皮膚こそ、その人物の本質を表している画家、シャトーでした。

2014/01/19

A.T

図録は極小のモノクロ版というのが少々残念だったが、今時は結構インターネットの検索で見つけられる。日本ではまだマイナーな1920〜30年代の第一次大戦後〜ナチズムの台頭までのわずかな期間に現れたドイツ、オランダの魔術的リアリスト作家を紹介。イタリア、フランスのダダイズム、シュールリアリズムにも通じ、そしてさらに1950年代以降のアメリカのアートシーンのバルヂュスやホッパーらにも。時流に対する不安な鬱屈した精神が次々と同時発生したという。現代の時代精神にも重なるようにも思え興味の尽きない内容だった。

2017/06/03

Nekono

『新聞を読む人はもはや世界を見ない』ラジヴィル1950年、この絵について種村さんはこう語る。「新聞の中で彼はすべてを知ることができる。しかし、新聞が報道する現実の只中にいながら、彼は当の現実を見ることも聞くこともできない。」この「新聞」をインターネットに置き換えるとヨーロッパの1920年代を中心とした魔術的リアリズム(ノイエ・ザハリヒカイト)と現代の日本が接合されていく。ここで、この本に書かれた多くの作家達の不安は私たちと繋がっていく。私たちもネットを通すことで世界と繋がり、また、世界と切れているのだ。

2012/09/23

eirianda

シュールレアリズム=絵画、魔術的リアリズム=南米文学とおもいこんでいた。魔術的リアリズム発祥の地は第一次大戦後〜ナチ政権発足までの短い間にドイツで起こった芸術のムーブメントだった。あまりの短命にダダやシュールのように世界的に広まらなかったのか。しかしそれは10年後、船底で発酵してアメリカへ渡る。南米文学のマジックレアリズムとどう関連しているのか、種村氏ならどのように書き記すのか知りたい。

2014/10/18

Iko

「文学」の話かと思って読んでみると、1920年代、ドイツの芸術青年グループのメランコリーな気質と、時代の不安から発生した「ノイエ・ザハリヒカイト」という芸術運動(絵画)の詳細な解説だった。ちょっと当てが外れたような気分だったが、読み進めているうちに種村季弘先生の文章と豊富に採録された絵画の力に圧倒され、「病みつき」になって頁をめくっていた。『ラジヴィルの絵のなかでは存在は紙袋のように破れているのである。』(本書108頁)存在は紙袋のように破れる……これは解説でありながらすぐれた詩だ! くらくらした。

2014/11/30

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