「苦手だけど本を読みたい人の“最初の本”になれば」又吉直樹×ヨシタケシンスケ、30万部超のヒット作『その本は』の制作秘話を語る【前編】

文芸・カルチャー

公開日:2022/12/10

 ハッとさせられる物語で純文学を書き続ける芥川賞受賞作家の又吉直樹氏。誰も思いつかないような発想で子どもから大人までを夢中にさせる絵本作家のヨシタケシンスケ氏。タイプは違えど空気感の似た2人が書き上げた奇跡の一冊『その本は』(ポプラ社)が30万部超えのヒット作となっている。

 2人は、11月6日に開催された「秋の読書推進月間」の一環となるイベントに出演。2年かけて完成させたという『その本は』の制作秘話や、2人が愛する“本”との向き合い方などをレポートする。読み終わった頃にはもっと本が読みたくなるはず。

(取材・文=吉田あき)

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わりと最初からテーマが決まっていた、みたいな

その本は
その本は』(又吉直樹ヨシタケシンスケ/ポプラ社)

 又吉氏はヨシタケ作品のファンで、ヨシタケ氏は面白いことを一瞬で考える芸人に憧れがあり、とある児童書イベントで意気投合したという2人。『その本は』を執筆するにあたり、挙がったのは「本を読まない人にも読んでもらえる本」というテーマだったとか。

又吉直樹氏(以下、又吉):最初は対談形式で本を出す、という案もありましたね。

ヨシタケシンスケ氏(以下、ヨシタケ):それから、別々の分野で書いている2人が、いつもとは違う何かを書くことに挑戦するのはどうですかという話になって。もともと本がきっかけでお会いして意気投合したのだから、「本にまつわる本」「本を読まない人にも本っていいよねと言ってもらえる本」という提案もあって、テーマが広いな~と(笑)。

又吉:コロナ禍で家での仕事が増えぼーっとしていたので、なかなか打ち合わせが進まなかったですね。

ヨシタケ:いつもフワーッと終わってましたけど、そろそろ決めましょうかと(笑)。僕が絵、又吉さんが文を担当する提案もありましたけど、やっぱり本っていいよねって思ってもらうには、幅広い、盛りだくさんなほうがいいんじゃないかと。それで、短いお話をたくさん集めることに。

又吉:リモート会議だと、お互いの部屋の背後に本が並んでいるから、やっぱり本の話になる。わりと最初から「本にまつわる本」というテーマが決まっていたみたいな(笑)。

苦手だけど読んでみたい人の“最初の本”になれば

ヨシタケ:星新一さんの『ノックの音が』という短編は、どのお話も「ノックの音がした~」という文章から始まるんです。『その本は』は本にまつわる本なので、「その本は~』から始まる本にしましょうとなり、編集者さんから宿題をいただいて。

又吉:文章を作っていく作業は楽しかったですね。

ヨシタケ:お互いに出すたびに、すげえ、みたいな感じで。編集者さんが「次はいいお話を」という感じで一つずつ間が埋まっていって。最後に出たのが、又吉さんは長いしっかりとしたお話を(本に収められた第7夜)。僕には、すべての文章をまとめる最初と最後のお話を考えてください、というお題でした。

又吉:僕が大事にしていたのは、物語を読み切った時の読後感。「次の作品を読んでみよう」って思えるような、読書全体の面白さ。「本が苦手なんだけど、おすすめはありますか?」と聞かれることがあるんですけど、すごく難しくて。そんな時に、この本は短い話がいっぱいあるし、苦手だけど読んでみたい人の“最初の本”になればいいんですけど。

又吉さんが10本くらい出してきて、ギャア!

ヨシタケ:大人向け、子ども向けというのは考えなかったですね。やっぱり間口を広げて、本を読まない人にも手に取ってほしいというのがあったし。

又吉:僕なんかは、いわゆる純文学といわれる小説を書いていて、でもお笑いライブではコントをやっていて。小説とコントで使っているような表現との両方を出していけるのが、すごく楽しかったです。ヨシタケさんと編集者さんに方向性を出していただいたので、僕はわりとプレイヤーとして自由にやらせていただきました。

ヨシタケ:又吉さんが送ってくる文章の本数が、多いんですよ。断然忙しいはずなのに。締め切りまでに、僕が5本くらい出すと、又吉さんが10本くらい出してきて、ギャア! って…。でも、微調整はあったものの、お互いに出した文章はほぼ載ってますよね。これは載せるわけにいかない!みたいな危ないお話はなくて(笑)。

何もしてないように見えて、“その時”を待ってる

又吉:わりと考える時は一気に考えるので…考える状態になっていれば、数はいけるんです。毎日一個ずつというほうが難しいですね。ヨシタケさんはどうですか? 今思いつくっていう時のほうが書きやすくないですか?

ヨシタケ:僕、ブランクーシという彫刻家の「モノを作るのは簡単だ。難しいのはモノを作るという状態に自分を置くことなんだ」という言葉がすごく好きで。わかるわ~って(笑)。作っていて楽しいんだけど、その楽しい状態になるまでに2時間くらいポケーッとしてるので。

又吉:その時、周りの人からは、何もしていない人に見られてますから。本当は待ってるんですよね、その時がやってくるのを。

ヨシタケ:時間を決めてガーッと書いて(笑)。僕も、絵本の中では使えないような大人っぽいテーマ、ちょっとダークなお話など、普段やらないことを書けたのはすごく楽しかったです。

挿絵がないほうがいい文章

 話題は、お互いに「一番好きなお話」を挙げる流れに。会場には『その本は』を抱えて参加している読者が多く、又吉さんも本を開きながら、学校の先生のように「120ページ」などとページ数を伝える姿も。

又吉:3ヶ月前の発売記念イベントでも好きなお話を挙げたんですけど、何だったのか思い出しましょうか…。朝から晩まで取材を受けたので、途中から、ヨシタケさんが何を言うっていうのが分かってきて、最後はネタみたいになっていて。

ヨシタケ:完璧なインタビューができるようになってましたから(笑)。

又吉:あの翌日ならもっとうまく話せたんですけど。

ヨシタケ:僕がその時に話したのは、まず第7夜。切なくて、初めて読んだ日は眠れなかった。間違いなく名作です。好きなのはゴリラがいっぱい出てくる話で、読んだ後にキョトーンと(本を読んだ客席からクスクスの笑い声)。どうしたらこんな話が書けるんだっていう、手の届かなさが半端なくて寒気がしました。何も手がかりがつかめない。ツルツルなんですよ。

又吉:(笑)。

ヨシタケ:最後のほうに出てくる悪魔のお話は、「悪魔が想像以上に悪魔になってた」っていう一文がすごいな、これは挿絵をつけないほうがいいなと。その悪魔の姿はそれぞれの人の頭の中に出てくるわけであって。僕はいつも挿絵とお話をセットで書いているから、文章だけで成立するお話に憧れがあるんです。小説なんかでも、若い人だと思っていたら、おばあさんだったり。又吉さんの、言葉だけで物語を紡ぐことのノウハウに、あの一文であらためて打ちのめされました。

文章では表現しきれない絵

又吉:嬉しいですねえ。僕は、その本は私の顔写真が表紙になっていた、というお話。これ、面白いですねえ。(客席を眺めながら)120ページ…。

ヨシタケ:いいですね。先生っぽい。

又吉:この、120ページの下段の絵がね、雑誌の表紙に顔があって、読んでる本人の顔は見えてないけど、こういう構図って文章だけでは表現できないし、できたとしてもキレが良くなくて。絵で見るとなるほどな、こういう表現があるんや~っていう面白さがあって。読んでいくとホラーみたいな怖い話なんですけど、ラストが最高のオチやなと。

ヨシタケ:ラスト、怖いですよね(笑)。

又吉:166ページの、その本は評判が悪かった、というお話も好きですねえ。展開が気になって、最終的に、届かなかった本が世界の星の数ほどあるのだっていう一文にハッとさせられるというか。二十歳くらいの時に考えたんですよ。本を一生読み続けても、この世界にある面白いとされている本を全部読むのは不可能なんやなと。けっこう寂しかった。だからこそ、今自分が本を手に取れる、本との関係性がありがたく思えて、この話は好きですね。

隠し事みたいに、時空を超えるような物語を考えていた

 会場のファンからの質問コーナーでは、限られた時間の中で真摯に応えようとする2人の姿が印象に残る。

——『その本は』でご本人が登場するお話は、どういう流れで入れたのですか?

ヨシタケ:この2人を載せる必要はなかったんですよ。そもそも本の豊かさを表現するなら、10人、100人の話を載せたほうが良かった、という中で、この2人で始まった以上、2人分しか入ってないんですよね…っていうのもあるし、書いてる本人が出てくるメタ構造は面白いんじゃないかなと。寄せちゃいけない理由もない、くらいの気持ちで。

又吉:そのお話を読んだ僕は、打ち合わせから2年くらい、外に出にくい環境で家に閉じこもりながら、隠し事みたいにこのお話を書いていたから、そんな自分の姿とすごくリンクして。どこにも出ないで時空を超えるような物語を考えていた、自分の2年間が書いてあるような物語や、と感じました。

ヨシタケ:たしかに、このタイミングで書いたからっていうのも、一つの答えかもしれないですね。

俺は面白いと思う! の自信は長続きしなかったりする

——本を書いていて、これ以上世に出すと恥ずかしいというボーダーラインはありますか?

ヨシタケ:その考え方は作家さんごとにバラバラで。僕の場合は、自分が書いたものを人に面白がってもらえるかはやってみないと分からないけど、あくまで自分が楽しめる状態でないと、本が売れなかった時に立ち上がれない。いや、俺は面白いと思ったんだけどな~っていうのが最後のとっかかりで。世に出していいかというよりも、世に出してもいいと思っちゃったんだよね~って思えるかどうかが大事。日によってグラつくし、自信が長続きしなかったりしますけど、そういう刹那的なものが普遍的なものを含んでいる可能性がありますよね。

又吉:僕も自分が面白いと思えたらOKにしますけど、もうちょっと頑張れる時は、今までこんなの考えたことなかったっていうのが何か一つ入ってると、これはいいぞと。書けなかったはずのものが書けたっていうのが一番好ましくて。でも、もう一つは編集者さんの意見。恋愛の話ないの? と言われて、一個しかないんですと話したら、その一個でいいからと言われ、それを精査する時間もなく書いちゃって、自分は恥ずかしくてしょうがないんだけど、結果的には良かったと言ってもらえたりする。客観的な視点を持つ人の意見は大事にしないと、と。

ヨシタケ: “自分史上初”の試み、見てみて、すごいでしょ! みたいなのがあると確かに嬉しい。それがなくてもできるようになっちゃう怖さもありますね。

又吉:今までの材料で組み立てられちゃう時ですね。ベストアルバムみたいな(笑)。

※後編は12月11日(日)12:00公開予定です。

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