「小説を書き上げる経験がない状態でデビューした」――『わたしの幸せな結婚』作者・が顎木あくみが書き下ろしの「宮廷のまじない師」シリーズを語る

文芸・カルチャー

PR公開日:2023/11/18

宮廷のまじない師 秋日の再会に月夜の毒呪

作家の顎木あくみさんは、小説投稿サイトに端を発したデビュー作『わたしの幸せな結婚』(KADOKAWA)で大ブレイクした注目の若手作家だ。現在、書き下ろしの「宮廷のまじない師」シリーズも手がけており、このほど第4巻『宮廷のまじない師 秋日の再会に月夜の毒呪』(ポプラ社)が刊行されることとなった。作家・顎木さんとはどんな人物なのだろう。新刊発売記念にお話をうかがった。

取材・文=荒井理恵

advertisement

●中華ファンタジーが書いてみたかった

――このほど4巻が出る「宮廷のまじない師」シリーズですが、どんなふうに立ち上げられたんですか?

顎木あくみ(以下、顎木):ポプラ社さんからお声がけいただいたのがきっかけですね。まだ『わたしの幸せな結婚』の1巻しか出てない頃で、そこで「中華後宮ものを書きませんか?」とご提案をいただいたんです。私もちょうど書いてみたいと資料を見たりしていたので、「書きます!」って。すごい偶然だな、と(笑)。

――なるほど。作者自身が「書くのを楽しんでいる」感じがしたのはそのせいなんですね。

顎木:そうかもしれません。小学生の頃、一番初めに読んだ少女小説が『彩雲国物語』(雪乃紗衣/KADOKAWA)で、その影響で「中華ステキ!」と思っていつか書きたいと。『十二国記』(小野不由美/新潮社)もすごく好きですし、読んで「いいな」と思った部分が蓄積されていって、それが創作のベースになっているのは感じます。

 特に『彩雲国物語』の影響は大きくて、1巻は意識的にリスペクトして書いたんですが、気がついたら3巻までも構成が似ていて「ああ、リスペクトしすぎだ!」って(笑)。

――中華ファンタジーの魅力ってどんなところでしょう?

顎木:スケールの大きさですね。日本を舞台にした物語は、島国なのでどうしても家の中とかこぢんまりした話になりがちなのに対して、中華となると一気に大陸ですからスケール感が違うので、そのあたりが魅力ですね。ただそうすると、やっぱり主人公のあり方というのも、影響されることがあって。和風の場合はこぢんまりしているので、主人公が自らどんどん動いていかなくても一応、話は進められる。でも、中華のスケールだと主人公が自ら決めたり、率先して動き出していったりしないと話が動かない。世界は大きいのに、話は小さいみたいなちぐはぐ感が出てしまうんですよね。

――とはいえ中国の宮殿とか後宮とかを舞台に書くのは大変では?

顎木:資料をいろいろあたらないとわからないことも多いので、難しいですね。オーソドックスな中華というと漢民族の文化で、歴史の中でも一番安定して繁栄した「唐」の時代の資料を主に参考にしていますが、宮殿の資料は唐の時代だとあまりないので紫禁城なんかも参考にしていますね。宮殿は大きいので人もいっぱいいるわけですが、あまり出しすぎても読者も混乱するし、私も扱いきれないしで、そのバランスも難しいです。

 中国の宮中の史実はけっこう血なまぐさいので、あまり参考にできなくて。そんなにグロテスクなものを描きたいわけでもないですし、さまざまな年代の方に読んでもらいたいと思ったらあまり描くこともないかな、と思うので。

――宮廷を護符で守るとか、さりげないけれど印象的な術の使い方も面白いです。

顎木:中国の呪術的な資料を見ていると、中国の怪異ってなんでも「鬼」なんですよ。病気とか災害とかも全部鬼の概念にしてしまって、それが家の中に入ってくると災いを起こすので、護符とかおまじないで入ってこないように守るというのが結構あるようです。そんなことにヒントを受けて描いていますね。

――前作も本作も舞台は「現代」ではありませんが、何かこだわりはありますか?

顎木:そこはあまり考えてなくて、いずれ現代物を書きたいとは思っています。歴史っぽいものが重なったのは偶然なんですが、とはいえ今と違って不便だからこそ盛り上がる感情みたいなものはあると思いますね。恋愛だったり、愛憎だったり、いろんな感情がむき出しというかダイレクトにある感じというか。

宮廷のまじない師 秋日の再会に月夜の毒呪

●書くほどにキャラが動かせるようになってきた

――ヒロインの珠華は孤児で燕雲という有能まじない師の弟子として城外の下町で育ちます。白髪に赤い目という容貌から人から虐げられることも多く、自己肯定感が低い。そういうところは『わたしの幸せな結婚』のヒロインにも通じますね。

顎木:私自身が根暗だからというのもあると思うんですけど(笑)、でもやっぱり自己肯定感の低い女の子がだんだん成長していく物語って面白いと思うんですよね。

 今ってメンタルが強くて自信がある主人公が受け入れられやすいようにも思いますが、そうじゃない主人公が成長したり輝いたりしていく姿を求めている読者もいるんじゃないかと。そういう方々に共感してもらって楽しんでもらいたいとも思うんですね。

――珠華は最初こそ自分で自分を抑えようとする面が目立ちましたが、巻を追うごとにどんどん積極的になっていきます。命が吹き込まれていくというか。そこは意識して?

顎木:そうですね。中華モノは女性が自立していかないと話が進まないというのもあります。ただ、もともと珠華はそういう性格だったんだと思います。下町でたくましく生きてきたっていう背景もあるし、自己肯定感は低いけど行動力はある人。

――ちなみにキャラクターの設定はどんなふうに考えるんですか?

顎木:それはいろいろで、今まで見てきたいろんな要素から作っていますね。この作品に限らず何かを創作するときはビジュアルイメージは重視していて、たとえばヒロインとヒーローが並ぶときの色合いのバランスとかは考えます。

 たとえば両方黒い髪だと画面が重くなるよな、とか。今回の珠華は人と違う、異質なところのある主人公というイメージで、珍しい色彩の持ち主にしました。

――そんな珠華と皇帝の白焔の「恋」がもどかしく進みながら、物語はまじないで妖怪と歴史と対峙するスケールの大きな世界がどんどん立ち上がっていくのが本作の魅力です。作者としてはどっちを書くのが楽しいとかありますか?

顎木:両方楽しいですね。結構バランス感覚というか、この物語には根底に1000年前の歴史のいざこざが関わってくるという壮大な面があるので、意識的に作中の「現在」のエピソードは地に足をつけて、世界観が急に大きくなりすぎないようにというのをすごく意識しています。

――1000年の物語…いよいよ4巻に入ってさらにその世界が複雑に絡むようになってきました。そうした構想は最初からしっかり作っていたんですか?

顎木:最初から漠然とは決めていて。1巻の途中くらいの頃で細かく詰めたんですが、土台が出来て書きやすくなりました。ただその段階ではまだ続巻するかもわからないのに、早くも指環の謎みたいなのを出していたので、編集さんから「話が放りっぱなしで回収できてない!」って言われたりもして…(笑)。

――見事に続巻したから問題ないですね!(笑) 書き続ける中で手応えは変わりましたか?

顎木:そうですね。中華風の小説の書き方に慣れてきたのか、キャラクターを自由に動かせるようになってきました。私は書かないとキャラのことが見えてこないタイプなので、書いていくうちにどんどんアイディアも浮かぶようになりました。

●いきなりのデビューにとまどいも…

――顎木さんは投稿サイトからデビューされましたが、投稿前から小説は書かれていたんですか?

顎木:いえ、書いてないんです。物語とか設定とか世界観とかキャラとか考えるのが好きで、それは小さい頃からアイディアレベルでいろいろ書いたりしていたんですが、飽きっぽすぎてプロローグだけでやめてしまっていて。アウトプットがすごく苦手で、小説を1冊書くなんて全然考えられない状況だったんです。

――なんと! いきなり『わたしの幸せな結婚』がブレイクしたんですね。どう思われました?

顎木:苦しかったですね。小説を書き上げる経験が全然ない状態でデビューしてしまって、それを続けることになってしまったので。「うわあ、どうしよう」って…今も慣れないことをずっとしている感覚があります。

――なるほど。それで2019年の冬ごろから『宮廷のまじない師』も書き始め、いきなり2本の長編連載を抱えた作家になってしまったわけですね!

顎木:そうなんです。小説を書く経験も少ないのに、なぜかずーっと小説を途切れることなく書き続けているようになってしまって、いまだに信じられない気持ちですね。最初の頃はメンタルも追いつかずキツいこともありました。

 最近はようやくプロット通りに書けるようになってきたんですが、前はそれすら難しくて。「どうしよう、キャラがぜんぜん違う動きをしちゃうよ。私にはコントロールができない!」みたいな感じでした。やはりキャラの手綱はちゃんと握ってないと、思わぬ方向にいってしまって大変なことになっちゃいますから。

――それでも2作こなせているのがすごいです! それにしても読者として楽しむ側からいきなり状況が変わったわけで、ご自身の気持ちには変化がありましたか?

顎木:いまだに読者気分が強くって、漫画とか読み始めたら読み続けてしまって「あ、原稿やらなきゃ」ってなります(笑)。そもそもミーハーで、人気の作品ばっかり読者目線で本当に楽しませていただいていますが、読者の気持ちに近いところがわかるという強みになったらいいんですけど。

 作家になったらコメントやファンレターをいただけるようになりましたが、その「いただけた」という事実だけでもうれしくて、ありがたいです。

――さらに『わたしの幸せな結婚』はアニメや映画とどんどんメディア展開していきました。物語が成長していったことをどう感じましたか?

顎木:すごくありがたいことだと思っています。多くの読者の方に手にとっていただけるのはすごくうれしいし、この作品を好きになってくれる、好みが合う読者と出会える可能性が広がっていくわけですから。

――ちなみに、もともと作家になりたいという気持ちはあったんでしょうか?

顎木:なかったですね。物語の世界を生み出すのは好きだったんですが、それを小説としてアウトプットするとすぐ飽きてしまう感じでしたから。いずれ何かしら自費出版でもできたらとは思っていましたが、デビューしたいとか、作家になりたいとかは全然思っていませんでした。ほんと、なんでこんなことになったんだろうって思います(笑)。

――いやいや、顎木さんの今後を期待しているファンはたくさんいると思います。最後に読者のみなさんにメッセージをお願いします!

顎木:私が「面白い」と思ったものを、読者さんにも「面白い」と思ってもらえるような作品を書く作家でいたいなと思っています。そんなに主流なネタじゃなくても「私は面白いと思うんですけど、面白くないですか?」と提案するような、そんな作品を作っていきたいし、そんな作者になっていたいと思っています。

あわせて読みたい