『電波少年』も女優業のスランプも経験。室井滋さん、長谷川義史さん「長く続けられるもの」ってどうやって見つけるの?

マンガ

公開日:2018/10/12

 このほど絵本『すきま地蔵』(白泉社)を刊行した室井滋さんと長谷川義史さん。都会の片隅で押しつぶされそうになっても、人々の幸せを見守るお地蔵さんは人情のありがたさを思い起こさせてくれる素敵な存在です。この物語はどのように生まれたのか、作者のお2人にお聞きしました。

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――物語のはじまりは室井さんの不思議な体験からだそうですね?

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室井滋氏(以下、室井):長く飼っていた猫が亡くなって火葬場から車で帰る時、なんとなく窓の外を見たら、ビルの隙間のようなところにお地蔵様がいらっしゃって。実はその前から絵本のプロットみたいなものは書いていて、何かひとつ足りないなーってずっと考えていたんですが、その時にお地蔵様と目があって「あ、これだ」って。

 その後、家に帰って猫がしばらく伏せっていた部屋の窓を久しぶりに開けたら、うちの庭にあるもみじの大木の枝がばーっと窓に向かってきて、そこに小っちゃなかわいい小花がいっぱい咲いてたんですよ。もみじに花なんて生まれて初めて見たんですが、「うわーっ」ってなんともいえない気持ちになって、そしたらなんとなく物語が頭の中でするするするっと繋がったんですね。

長谷川義史氏(以下、長谷川):最初に原稿をいただいた時には、その話はまだ聞いてなかったんです。でもちょうど京都の五条の町を歩いてたら、非常階段の下のとことか、曲がり角の建物の間のとことか、マンションの玄関の横の植え込みの中とか変な場所にまつられたお地蔵さんが町内にいっぱいあったのを見ていて。京都ではたいがいのお地蔵さんはちゃんとおまつりされてますけど、その町はそんなのがいっぱいで、おもしろいというか「こんなお地蔵さんもあるんやなー」と不思議に思っていたんです。だから『すきま地蔵』のイメージはすぐにわかりました。

室井:今回『幸福の王子』(オスカー・ワイルドによる童話)のようなお話を書きたかったんですね。最後のおばあさんの針のくだりなんかは私の祖母の実話だし、東西南北で起こることは最初から決めていたんですけど、運ぶツバメを何にしようかと考えていて。そんなときにお地蔵さんに出会って、お地蔵さんのおつかいを「ぼく」がやっているうちに、「ぼく」自身が幸福の王子になっていく話になったんです。

――絵本の帯に「昔話へのオマージュ」ともありますが?

室井:故郷の富山のFMで金曜日のお昼に“読み聞かせ”の番組をやってるんですが、やっぱり昔話って現代の作家の方が描かれるのとは違うなと思って。4年も続けているうちに、たとえば昔話には同じことを3回繰り返す法則があるとか、「なるほど」と思うことがたくさんあって。だから、私も現代に通じるけれども昔のにおいが残るようなものが書きたいと。

――お地蔵さんは都会でも突然みかけますが、どこか不思議なものの入り口にも思えますね。子どもの世界とは親和性が高いかもしれません。

室井:子どもの頃に友だちが川で「かまいたち」に足を切られたことがあるんですよ。なんにもないのに突然、バカッって(笑)。どうやら真空地帯が川のそばに起こるかららしいんですけど、そんなの子どもだから知らないし、大人は「かまいたちだね」って言うし。怖いし不思議なんだけど、実際に目に見えなかったのに起こっちゃったわけです。私、そういう目に見えないものに対して、とても畏怖の念が強いんですよ。畏れてるけど、それによって自分を戒めてるみたいなところがすごくあって、絵本でそういう気持ちを残したいっていうのもありました。

長谷川:あー、僕は全然、そういうものはなくって、ぼーっとしてるんですけど。

室井:いいねぇ、その感じ、うらやましい(笑)。

長谷川:室井さんはすごく感じても僕は感じないし。しげちゃん一座で宿に泊まるときも「ここなんかいる。部屋変わってよ」って言われますね。

室井:でも次の日、スイッチつけてないのにテレビついたんでしょ(笑)?

長谷川:そうそう。長崎の島原のごっつい人殺されたところですわ。朝、6時くらいにバーンとテレビついたんですよ。リモコンも触ってないし、へんでしょ?

――そのとき、どう思われたんですか?

長谷川:まあ、「ついたなぁ」って。

室井:あはは(笑)。

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 現在、室井さんと長谷川さんは、ミュージシャンの岡淳さんと、同じくミュージシャン&マジシャンの大友剛さんと「しげちゃん一座」を組み、絵本の読み聞かせや音楽を中心にしたライブ活動で全国をまわっているという。「みんなが楽しい」から続いているという一座の様子について、お話は続きます。
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室井:長谷川さんとのおつきあいは『週刊文春』の連載の「すっぴん魂」が最初で、毎週イラストを。でも当時は3回しか会ったことないのに、2011年に一座を始めて今は年間30回くらい会ってます(笑)。長谷川さんが偉い先生だってこと最初はあんまりわかってなくて…。でも今では、長谷川さんを後ろからあやつって「こんにちは〜」とか腹話術もやってます(笑)。

長谷川:きっかけは『しげちゃん』を描いたときに、たまたま富山で僕の原画展があって、室井さんと一緒にしたトークで。それがすごくおもしろくて、また何かの機会があったらやりましょうねーって言ってたら、大阪に室井さんがいらっしゃることがあって…。

室井:ドラマの仕事でね。大阪のおばちゃんの役だったんだけど、イントネーションわかんないから、長谷川さんに聞けばいいやって家に行ったんです。

長谷川:そうそう。それで終わってから近所の飲み屋に行ったら、たまたま子ども向けのイベントを作ってる方と一緒になって、その方に富山での話をしたら「こんど大阪でやらないか?」って話になって。「おもしろそうだ」って、ミュージシャンの友達もすぐ加わって。それで高槻の結婚式場みたいなとこでやったんですよ。そしたらすごくおもしろくて、お客さんもみんな喜んでくれて、「こんなんで時々、全国をまわれたらいいね」って。そんな自然発生的なもんで。

室井:もっとかわいい名前がよかったんだけど、適当に長谷川さんが「じゃ、しげちゃん一座や!」って関西色コテコテで。「ええーっ」て(笑)。

――長く続いていく理由ってなんでしょう?

長谷川:4人とも本業がそれぞれしっかりあって、一座があると集まってくるんですけど、お客さんに楽しんでもらうのはもちろんですけど、自分たちも楽しく工夫してやろうっていうスタンスだからでしょうね。

室井:誰もビッグになってやろうとかいうのがあるわけじゃないし。なんか「旅」に出ている感じがすごく強いんです。北海道から沖縄まで、小さい町から大都市までいろいろ行くんですけど、そこにいる人たちとか町とか温泉とか、いろんな出会いがあるので、それがやっぱりおもしろい。

長谷川:ほんと自分だけでやっていたら出会わない人ばっかりですから。旅もほんとにおもしろいんですよ。室井さんって、こんな大女優さんなのに、ちょっと駅で時間あったらお酒買ってきて、場所がないと通路のベンチみたいなところに座って飲んじゃうんです。食べ物ないと室井さん自身が立ち食いそば屋に入っていって、「悪いんだけど、ニシンそばのニシンだけくれない?」とかって、買ってくるんですよ(笑)。

室井:あはは、私、『電波少年』に出てましたからね。

長谷川:ほんと珍道中。おもしろいんです。

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 そんな「しげちゃん一座」のきっかけとなった絵本『しげちゃん』(金の星社)は、室井さんが女優業がちょっとスランプのときに生まれたとか。でもその執筆が転機となりいまやライフワークに。長く続けられる「好き」の見つけ方もうかがいました。
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室井:学生時代に女優になったんですが、プロダクションと仮契約したけど仕事もこないし、単発のバイトを次々と100種類程もやりましたかねぇ。女優の仕事は急にくるから、バイトをすっ飛ばすみたくなるじゃないですか。それで「書くこと」と二足の草鞋を履くようになったんです。幸いそれが向いていたみたいで、女優の仕事といい感じのバランスだったんですね。ちょうど文春の連載をやめたくらいにスランプというか、この先どうしようか考えてしまったんです。そんなタイミングで絵本のお話をいただいて。まさかこんな風にずっと続けようなんて思ってもいなかったんですが、やってみたら読み聞かせもできるし、ステージもできるし、自分のやれることがいっぱいあることに気がついた。だったら、絵本ももっとたくさん書いてみようかな、と。

――いまやライフワークですね。

室井:絵本も一座も、私は続けたいです。みんなはイヤかもしれないけど。「もういい」って言われたら、長谷川さんの家でやろうかな(笑)。

――「長く続けられるもの」ってなかなか見つからないことも多いです。見つけるためのヒントってあるのでしょうか?

長谷川:クサイ言い方になりますけど「誰かが喜んでくれること」かな。ぼくが絵本をやっていきたいと思うのは、読者の反応が返ってくるからなんです。前にイラストを描いていたときはあんまりわからなくて、絵本は誰かの反応で自分の存在意義が明確にわかるんです。誰かが喜んでくれることが「楽しさ」につながると思うし、そしたら続けられると思います。

室井:私、人の嗜好ってそんなに大きく変わらないと思うんです。自分がやれること、好きなことの方向性みたいなものは子どもの頃からも出てくるし、それがその後の人生にもつながるというか。私は女優として駆け出しだった頃からずっと声の仕事がしたくて、友達にお祝い事があると自作の朗読テープを贈ったりしてたんですけど、考えてみたら今の一座はそれを豪華にしてるようなもの。自分らしいものだからこそ続いているわけで。本当に好きなこと、浸れることは何かって自分に問いかけて、小さなことでも見つけるのが大事かもしれません。何もないと思うかもしれないけど、なんかきっとあるんですよ。

取材・文=荒井理恵 撮影=岡村大輔