「生き方も含めて、自分だからこそできる小説の表現を突き詰めたい」──WEAVERドラマー・河邉徹さん『蛍と月の真ん中で』【前編】

文芸・カルチャー

更新日:2021/10/28

河邉徹さん

 3ピースバンド・WEAVERのドラマーとしてだけでなく、小説家として、コミック原作者としても活動の幅を広げつつある河邉徹さん。2021年10月、そんな彼の5作目の小説となる『蛍と月の真ん中で』が刊行された。

 本作は、カメラマンを目指して東京の大学に進学したものの、とある事情から休学し、長野県の辰野町で暮らしはじめた大学生・大野匠海が、辰野の美しい風景や、そこに住む人々のあたたかさに触れ、みずからの生き方を見つけてゆくみずみずしい青春小説だ。

 舞台となった長野県辰野町は、河邉さんが実際に訪れたことのある土地だそう。河邉さんが実在の土地を舞台に選んだ理由は? 河邉さんの物語の作り方とは? 彼にとって音楽と小説には、いったいどんな違いがある? お話をうかがった。

(取材・文=三田ゆき 撮影=江森康之)

運命を感じて訪れた「信州辰野ほたる祭り」。取材には約2年の時間をかけて

蛍と月の真ん中で
『蛍と月の真ん中で』(河邉徹/ポプラ社)

――辰野の美しい風景が目の前に見えるような物語でした。河邉さんが辰野について知ったきっかけは?

河邉徹さん(以下、河邉):『蛍と月の真ん中で』を書きはじめたのは、2作目の『流星コーリング』(KADOKAWA)が世に出たころです。『流星コーリング』のテーマが星や流れ星といったロマンチックなものだったので、次に書く作品の題材もそれに匹敵するロマンチックなものを探していて、いいなと思ったのが「蛍」だったんですね。しかも、「蛍が見える街ってどこにあるんだろう」と検索をしたタイミングで、ちょうど「信州辰野ほたる祭り」が行われていた。運命を感じて、次の日には『蛍と月の真ん中で』の冒頭の主人公と同じように、辰野についてはまだなにも知らなかったけれど、とりあえず行ってみたんです。行動したらなにかにつながるんじゃないかと思って、パッと行ったという感じですね。

――実際に辰野を訪れた印象はいかがでしたか?

河邉:景色が綺麗で、おだやかで、僕がふだん暮らしている東京とはぜんぜん違うものがありました。僕にはそれが、すごく刺激になりましたね。辰野でいいなと思ったのは、そこにいる人たちが、そこでできることを、とても生き生きとやっていること。僕は基本的に、そのときにやりたいことができる場所で暮らしていけたらいいなと思っています。都会でやりたいことができるならそれでいいし、そうでないなら、無理をしてまで都会で暮らす必要もないのかなと。僕自身、東京でやりたいことがなくなったら、この物語に出てくる登場人物のように、辰野であったり、関西出身なので関西であったり、別の場所で暮らすのもいいなと思っています。

河邉徹さん

――作中に登場する甘酒屋さんや宿泊施設などは、モデルとなったお店や施設があるそうですね。実在する土地や場所を登場させようと思ったのはなぜですか?

河邉:多くの作家が物語を作り上げていくときには、取材をして、家に帰って、取材した景色を思い出しながら物語を構築していくと思います。僕も通常であれば、辰野で取材をして、自宅に戻って、自分の中で物語の核となるようなものを書き、そこに辰野の風景を重ね合わせていくといった物語の作り方をしたはずです。でも今回は、取材の過程──辰野を訪れたそのときに、物語の核となる感動が、僕の中に生まれていたんです。

 僕は東京で10年以上、ミュージシャンとして活動しています。デビュー当時からずっと「結果を出さなきゃいけない」「毎日がんばらないと他の人に負けてしまう」と言われ続け、そうした価値観を当たり前だと思って生きてきました。ところが、辰野を訪ねて、その土地で生まれ育った方や、都会から移住してきた方の話を聞き、「こんな生き方もあるんだ」と衝撃を受けたんです。取材の段階でそういった物語の核となる感動があったので、それを大切に書いたほうが、素直に物語を構築できるんじゃないかと思った。だから、自分が実際に触れた土地のこと、本当に存在する店の名前や、名前は違っても現実と同じ位置にあるものなどが含まれる物語を書きたいと思いました。

advertisement

――今までも、小説を書くための取材はされていたのでしょうか?

河邉:たとえば『流星コーリング』は広島が舞台でしたから、プライベートで何度も訪れている土地でしたが、あらためて宮島を見に行くなどの取材はしましたね。ファンタジックな設定を含む物語でも、『夢工場ラムレス』(KADOKAWA)といういろいろな職業の人が登場する作品を書くときは、実際に銀行員として働いている人の話を聞くなどの取材はしました。

 でも、今回のように、今までに行ったことがない場所を訪れて、会ったことのない人の話を聞き、さらに現地で会った人が紹介してくれた人や、たまたまその場にいた人と話をして、その土地のことを知っていくといった取材ははじめてでしたね。最初に辰野を訪れた2019年から2年くらいの時間をかけて、その土地で仲よくなった人とゆっくり話をすることができたので、そういう意味では、今までの作品よりも土地のリアリティのようなものは出せたのではないかと思います。

否定も肯定もせず、現代的なテーマを物語に落とし込むことができたら

河邉徹さん

――デビュー作の『夢工場ラムレス』から『流星コーリング』、長編SF『アルヒのシンギュラリティ』(クラーケンラボ)とファンタジックな作品が続き、最近はミュージシャンを題材にした『僕らは風に吹かれて』(ステキブックス)、そして今作の『蛍と月の真ん中で』と、舞台設定がリアルに近づいている気がしますが、意識されてのことですか。

河邉:いえ、それには僕の物語の書き方が影響しているかもしれません。前作や今作は、物語の核となる感動を表現するために、たまたま超現実的な場所へ行く鍵を必要としませんでしたが、次に書きたいと思う感動の核を表現するために、「超現実的な世界」という装置が必要であれば、僕はまたそこに行くための鍵を持って物語を表現すると思います。舞台設定は、今の僕の流れというか、モードなのだと思いますね。それから、自分のファンの方々はもちろん、世の中の反応を見て、「こういうものは楽しんでもらえるんだ」「ここは前作のほうが好きだったのかな」という感覚を持ちながら書き進めているような気もします。

――『蛍と月の真ん中で』には、現代の若者にまつわるトピックが多く盛り込まれていました。SNSとの距離、バイトと学校を往復する厳しい生活、お金についての考え方などのエピソードは、意識して盛り込まれたものですか?

河邉:現代に生き、現代の小説を書いている者として、やっぱり現代を書いたほうがリアルに書けると思いますし、過去の偉大な作家たちとは違う世界を書けるひとつの要素だと考えているので、大切にしたいですね。僕は、人にどんな半生を歩んできたのかという話を聞くことが好きですし、気になった話題を自分で調べることも好きです。そういったところから見えた景色、得た知識を、自然に物語に書くところがあるのだと思います。お金にまつわる話なども、世の中にはいろんな価値観を持っている人がいて、たくさん稼いだほうがいいという人もいれば、この物語に出てくる金井さんという人物もそうですが、たくさん稼ぐことが幸せにつながるとは限らないと思っている人もいる。僕は、そのどちらかがよくて、どちらかがだめだというつもりはありません。そういった、なにも否定しないし、肯定もしない感じも含めて、現代的なテーマを物語に落とし込むことができたらと思っています。

――物語に落とし込むテーマは、どのように集めていらっしゃるのでしょう?

河邉:ニュースや新聞などのメディアで見たことが引っかかって……ということもありますが、僕はやっぱり、人と話をするほうが、リアルな体験として自分の中に入ってくる感じがありますね。そういう取り入れ方、それ自体が、物語を進めるための熱になっていくと思うので。今も本当はインタビューなんかやめちゃって(笑)、「あなたはどうしてこの仕事をしているんですか」「どういう学校に行っていたんですか」「きょうだいはいますか」って、そういうことを話したいくらいです。

――それはぜひ、あらためて別の機会に(笑)。とくにSNSについては、一般の人でも表に出る言葉を使う機会が増えたように思います。小説や歌詞をお書きになっていて言葉の扱いに長けていらっしゃる河邉さんに、どうすればSNSとうまくつき合えるようになるかアドバイスをいただきたいなと思ったのですが。

河邉:うーん、基本的には、認め合うことが大切なんじゃないかという気がしますね。受け入れ合う、認め合う、尊敬し合う……どの言葉が一番近いのかはわかりませんが、攻撃的な傾向というのは、自分の視点だけで物事を見ている人に多いのではないかと思うんですよ。僕は否定も肯定もしたくないとお話ししましたが、そういうスタンスでいれば、たとえば「この人はこういう考え方をしてるんだ」「だからこういう表現ができるんだろうな」というふうに、その人の悪いところでさえ、その人の生き方として受け入れることができるのではないかなと。僕自身にも、欠点はたくさんあります。でも、自分で言うのはおかしいような気もしますが、欠点があるからこそ、小説が書けているのかもしれませんよね。誰かの話をするときも、「ずぼらなところはあるけど、それがこういういいところにつながってるんだよね」みたいにとらえることができればいいなと思います。SNSとも、そういう思いを持って接するといいのではないでしょうか。(つづく)

後編はこちら

河邉徹さん

プロフィール
河邉徹(かわべとおる)/1988年兵庫県生まれ。3ピースバンド・WEAVERのドラマーとして、2009年メジャーデビュー。バンドでは作詞を担当し、小説家としても活躍する。『流星コーリング』で第10回広島本大賞(小説部門)を受賞。その他の著書は『夢工場ラムレス』『アルヒのシンギュラリティ』『僕らは風に吹かれて』。

あわせて読みたい