京極夏彦インタビュー 代表理事として語る江戸川乱歩賞の公開贈呈式と、エンタメ文芸の進むべき道

文芸・カルチャー

更新日:2021/12/2

 ミステリ作家の登竜門として知られる新人賞、江戸川乱歩賞。第67回受賞作の伏尾美紀氏の『北緯43度のコールドケース』と桃野雑派氏の『老虎残夢』の贈呈式が11月1日、豊島区立芸術文化劇場(BrilliaHall)で、乱歩賞史上初の一般公開イベントとして行われた(第74回日本推理作家協会賞贈呈式と合同開催)。乱歩賞と、江戸川乱歩が住んだ池袋を中心とする豊島区とがタッグを組み、初の一般公開に踏み切ったことには、どのような背景があったのか。江戸川乱歩賞を主催する日本推理作家協会代表理事で、小説家の京極夏彦氏に、贈呈式を終えた直後に行ったインタビューをお届けする。

(取材・文=川辺美希)

京極夏彦
写真:森清

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ミステリ作家の産声としての江戸川乱歩賞贈呈式

――今回の江戸川乱歩賞贈呈式の一般公開には、日本推理作家協会としてはどのような思いや背景があったのでしょうか。

京極:これまでの江戸川乱歩賞贈呈式は、お祝いの場というだけの内輪の式典でした。受賞作の宣伝や告知は、メディアの方々の報道にお任せする形だったんですね。ただ、現在はそれだけで済ませていい時代ではないだろうと。たとえば、直接発信することに何か支障があるのだろうかと考えたとき、別にないわけです。むしろ、受賞者の生の声や初めての挨拶を読者に発信することが、強いアピールにもなりうる。それならば、受賞者を金屏風の前に立たせて、御馳走をみんなで食べるような旧態依然とした贈呈式の形にこだわる必要はまったくないだろうと、ここ数年ずっと考えていました。新型コロナウィルスの感染拡大で、大きな会場を借りたり、立食パーティーのような形式が難しくなったことも、形を見直した理由のひとつでもありますが。

受賞作家の記者会見も、皆さん、プレスを見て記事を書いてくださるから、実はやってもやらなくてもメディアの露出量はあまり変わらないんですね。じゃあ、記者会見も贈呈式もなくてもいいのでは、という話に当然なりますよね。でもね、作家にとっては一生に一度のことですからね。推理作家協会賞も一度獲ったら二度獲れないし、江戸川乱歩賞でデビューした人も、これが作家としての産声になるわけです。それは大勢に祝っていただきたいですよ。広報的な効果が低いからといって「なしでいい」とは思えません。そこで贈呈式を「新人/気鋭作家の誕生」というパッケージにしてしまうことで、コンテンツとしてプレゼンテーションすることはできないだろうかと。ただ、そうなると、それなりに予算も手間もかかりますし、付け焼き刃ではできません。去年から試行錯誤をくりかえしていたんですが、緊急事態宣言下でもあり、準備もままならなかった。講談社さんの尽力もあり、幸い豊島区さんと協力体制を組むことができたので、なんとか実現に至りました。このセッティングで贈呈式をやらせていただけるのなら、なんとかなるかなと。日本推理作家協会のYouTubeで配信も、わりとスムーズに決まりました。

――受賞作だけでなく受賞作家さんの魅力も伝わる素敵な贈呈式でしたが、新しい形の贈呈式を終えた今、どのような手応えを感じていらっしゃいますか?

京極:試験的意味合いもあるので、この形がスタンダードになるかどうかはわかりませんが、このスタイルをモデルケースにして、改善すべき点は改善し、継承するところは継承して、来年以降も何らかの形でこういったアピールはしていきたいと考えています。今回の手応えがどういう形で現れるのかは、正直言ってまだわかりません。小説が売れるかどうかは作品の力によるところが大きいわけですから、広く告知できれば良いというものでもない。ただ知っていただくことはマイナスではないというだけですね。公開贈呈式の効果となると、わからないとしかいいようがないですね。

ただ、ご覧いただいたかたの声はひとつの指針にはなるでしょう。「つまらなかった」という反応が多いのか、「面白かった、毎年やってください」という声があるのか。特にネット上の反応は早いですし、すでにそれなりにある。ネットの反応と市場の動向というのは少なからず乖離しているわけで、ネットの意見がすべてということはもちろんありませんが、だからといってないがしろにしてはいいわけではありません。ネット上では高評価なんだけど実売に結びつかないとか、売れているんだけどほとんど取り上げられないとか、必ず理由があるわけで、そのへんの分析が現状とても雑ではあるんです。いずれかに偏ることなく、ちゃんと精査した上で拡販を考えていかなければ、これからはもう難しいですよ。

出版業界の売上が落ちてきて、20年以上になります。これはもう不況という問題ではなく、明らかに構造的な欠陥があるわけです。そうした問題を、出版社ともども解消していく努力をするのが、日本推理作家協会の仕事のひとつです。日本推理作家協会の活動趣旨は「エンターテインメント小説の普及と発展」ですから、普及もしないし発展もしないようでは、乱歩に顔向けができません。そのためにも、こういうチャレンジや変革はしていかなければいけないのかなと。

贈呈式
写真:森清

今回の贈呈式を足掛かりにして、今後どういう形で展開していくのかを、時間をかけて考えていく

――今後、反響も見えてくると思うのですが、今日、実際にホールでお客さんを前に贈呈式というイベントを開催されてみて、今の出版業界にとって、このような読者に開かれたイベントはどんな意義を持っていくと思っていますか?

京極:文学賞の贈呈式が一般公開されることはほとんどなかったようですが、一方でサイン会やトークショー、講演など、作家個人が直接読者と向き合うイベントは多くあったわけですね。ただその多くは、コアな読者を対象としたファンサービスの色合いが強いものです。読者のみなさんには感謝しかありませんから、そうした催しはおこなわれてしかりだと思います。でも、今回の場合は、やや主旨が違うんですね。今年は感染防止の観点から人数制限がありましたが、入場無料ということもあって抽選になりました。でも、フルで観客を入れたとしても数千人です。アナウンスすべき対象は桁が二桁、三桁違う。ご来場いただいたみなさん、配信を視聴していただいたみなさんが全員、「面白かった」と言ってくださったとしても、それは旧来のイベントの延長上の反応と考えるべきなんでしょうし、ならばそれで納得してしまってはいけないのかもしれません。ですから今回の贈呈式を足掛かりにして、今後どういう形で展開していくのかを、時間をかけて考えていくことになるだろうなと思っています。

それはそれとして、乱歩の時代から文士劇なんかをやっていたわけで、小説家って意外にお客さんの前で何かやるのが好きな人が多いのかも、とは思いました(笑)。

――登壇された作家の方々のお話、本当に面白かったです。

京極:講演会なんかもありますしね。読者のみなさんに喜んでいただこうという気持ちに変わりはないでしょうし。でも、乱歩賞受賞作家に関していうと新人ですから、まだ固定読者はいないんですね。すでにたくさんのファンがいる作家とは違いますよね。推理作家協会賞の受賞者もフレッシュな方が多いわけで、より多くの方に知っていただき、もっと多く読んでいただきたいとは願っているわけです。そうして考えると、ただ単にその場を沸かせておしまいということではダメなんだろうなという気がしています。

――なるほど。参加したファンを楽しませることに満足してはいけないものの、そういう意味では、新人作家さんが観客の前で生の声を発するという今回の贈呈式は、とても意義があったんですね。

京極:乱歩賞受賞者でも、ヒットを飛ばして売れっこになってからメディアに取り上げられるということは多々あるわけですが、そういう人でもデビュー時の生の声を聞いた読者はほぼいらっしゃらないですよね。新人のかたには最初から読者のほうを向いていてほしいです。出版関係者はつねに不特定多数の読者のほうを向いていなければいけないものですよ。関係者のみで完結してしまったのではループするだけです。推理作家協会賞も同様です。この人の作品はすごいぞということを、ファン以外の人にも知ってもらいたいですからね。

選考経過にしても、こういうふうに選んだんだということはオープンにすべきだと思うし。もっとも、作品と作者は切り離して受け取るべきではあるし、読者が作者の素顔を知ることが良いことなのかどうかという議論は当然ありますから、こうした形での露出には難色を示すかたもいらっしゃるでしょう。もちろん人前に出たくないかたもいらっしゃるわけで、そういう人はシークレットでもかまわないですね。最終的に評価されるのは、作品なんですから。どんなに広く、巧みに告知したって、作品の出来が悪ければ読んではもらえませんし。そういう意味では、日本推理作家協会賞も江戸川乱歩賞も、信用できる選考委員が真剣に選んでいますから、作品に対する信頼度は高いんだと思います。ならばその上にどれだけ、読者を惹きつける工夫を載せていけるかということなるんでしょうか。

贈呈式
写真:森清

時代に応じることがエンターテイメント文芸のとるべき道

――先ほどこの贈呈式を足掛かりにして、というお話がありましたが、日本推理作家協会としては、新人賞をはじめとした賞をこのように広げていきたいという、具体的な方向性はお持ちですか?

京極:賞に対する志自体は70年間変わっていないので、今後も変える必要はないと思います。ただ、アプローチは時代によって変えなければいけない。たとえば日本推理作家協会賞は、現在翻訳部門を設立しようという動きが出ています。優れた翻訳ミステリは毎年たくさん出版されていますし、良い作品はきちんと評価して、世の中に広げるべきだと思っています。それから、協会は過去、企業からの協賛を得てイベントなどを開催したりもしていたんですが、難しくなっている。それはもう時代に合わないスタイルなんだと思います。昨年来はイベント自体が出来ない状況でしたから、これを機会に別の形でなにかできないか模索しているところです。今回、公開贈呈式というひとつの試みが形にできたわけですが……でもわかりませんね。大失敗かもしれませんしね。

――そんなことはないです(笑)。大成功だと思います。

京極:「お前ら、あんなつまらんこと何十年もやってたのか」って、叱られるかもしれません(笑)。ただ、時代に応じて変えるといっても、なかなか難しい部分もあります。構成員がどんどん新しくなっていくわけではありませんから、長く続いているものをドラスティックに変えるのは難しいですね。でも、伝統というのは「変えない」ことではなくて、「変えること」によって守られるものだと僕は考えていますので、できるだけ時代に即した形にしていきたいとは思っています。なぜならそれが、エンターテインメント文芸のたどるべき道だと考えるからです。

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北緯43度のコールドケース

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講談社
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老虎残夢

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