ミステリーの今を知るならこの8作。「さあ、どんでん返しだ。」キャンペーン参加作品をマトリクスで紹介!

文芸・カルチャー

公開日:2021/12/14

 早いもので2021年も残りわずか。今年もミステリー小説界にはさまざまなニュースがあったが、中でも人気作家8名(五十嵐律人三津田信三、潮谷験、似鳥鶏、周木律、麻耶雄嵩東川篤哉、真下みこと)の新刊を7月から10月にかけて連続刊行した講談社のキャンペーン「さあ、どんでん返しだ。」は忘れられないトピックのひとつだ。

さあ、どんでん返しだ。
イラスト:石江八

 ミステリーの大きな魅力である「どんでん返し」に的を絞った企画性と、参加作家8名の豪華な顔ぶれ、マンガ家・石江八が手がけたスタイリッシュなポスターなどの要素が相まって、ネット上にさまざまな話題を振りまいたことは記憶に新しい。今年はこのキャンペーンの新作を追い続けていた、というミステリーファンもいることだろう。

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 そこで「さあ、どんでん返しだ。」キャンペーンとして刊行された全8作を、マトリクスを用いながらあらためて紹介してみよう。どんでん返しという共通項はありながらも、8作それぞれテイストや狙いが異なっているので、「さあどん」参加作が気になっていたがまだ読んでいない、という方はぜひ参考にしてほしい。

さあ、どんでん返しだ。キャンペーン

 今回作成したマトリクスでは、縦軸で世界観・舞台設定の特色を示している。上に行くほどSF性や特殊設定ミステリーの傾向が強くなり、下に行くほどリアルな日常に接近していく、ということだ。8作中ひときわ上に位置しているのは、潮谷験『時空犯』と周木律『楽園のアダム』の2作。

『時空犯』(潮谷験/講談社)
楽園のアダム
『楽園のアダム』(周木律/講談社)

『時空犯』は同じ1日を何度もループする世界での殺人事件を描いた、特殊設定ミステリー。タイムリープはアニメや映画でよく用いられるアイデアだが、それをロジカルな犯人当てとミックスさせた着想が面白い。予想を裏切り続けるストーリーやタイムリープを成立させている大枠のシステムなど、読みどころの多い作品だ。

『楽園のアダム』は大災厄によって人類が減少した、はるかな未来世界を舞台にしている。人工知能によって統御された平和な世界で突如起こった殺人。その驚愕の真相とは? 壮大なSF設定に目を奪われがちだが、その中心にあるのは本格ミステリーのスピリット。ラストでは驚愕の真相が明らかになる。非日常の世界での謎解きを楽しみたい人は、まずこの2作がおすすめだ。

 似鳥鶏『推理大戦』、三津田信三『忌名の如き贄るもの』は日常の延長線上を舞台としつつ、ユニークな設定や幻想的なアイデアを含んでいる。

推理大戦
『推理大戦』(似鳥鶏/講談社)
忌名の如き贄るもの
『忌名の如き贄るもの』(三津田信三/講談社)

『推理大戦』は世界各国から名探偵が集合し、聖遺物をめぐって熾烈な頭脳バトルをくり広げる、格闘漫画チックな設定がとにかく楽しい。それぞれに特殊能力を備えた名探偵たちが、難事件をいともたやすく解決していくスピード感と、主役級キャラが一堂に会することで生まれる熱気。本格ミステリーらしい遊び心が、21世紀の世界情勢と絶妙なバランスで共存した作品だ。

『忌名の如き贄るもの』は、ある村の儀式の最中に発生した殺人事件を、放浪の探偵・刀城言耶が解き明かす「刀城言耶」シリーズの最新作。奇怪な風習、相次いで起こる怪異、複雑な血縁関係、と日本風ゴシックミステリーの要素をたっぷり盛り込んだ作風は、横溝正史の「金田一耕助」シリーズが好きな人にもたまらないだろう。本格ミステリーとホラーが融合しているのも、三津田作品の特徴。これが上下軸のちょうど真ん中あたりに位置しているのはそのためだ。

 横軸では、右に行くほど物語性が濃くなり、左に行くほどトリックに重きを置いた作風となる(もちろん右半分に置かれた作品にもトリックやサプライズの要素はある)。右半分の「物語にひたる」と縦軸の「日常的」が重なるところに置いたのは、五十嵐律人『原因において自由な物語』と真下みこと『あさひは失敗しない』の2作。

原因において自由な物語
『原因において自由な物語』(五十嵐律人/講談社)
あさひは失敗しない
『あさひは失敗しない』(真下みこと/講談社)

『原因において自由な物語』は、ある秘密を抱えた作家の視点と、残酷な日常を生きる高校生たちの物語が、意外な形で交差していくミステリー。「顔面偏差値」を測定するアプリを登場させることで、ルッキズムという今日的なテーマにも切り込んでいる。リーガルミステリーと青春小説を巧みに融合させた作品だ。

『あさひは失敗しない』は、アイドル小説『#柚莉愛とかくれんぼ』で鮮烈なデビューを果たした著者の第2作。失敗することを恐れる大学生・あさひと、そんな娘に過保護気味に関わる母。かつてはうまくいっていた親子関係だが、ある出来事をきっかけに亀裂が生じてしまう。秘密を抱えたあさひが「失敗しない」ために取った行動とは? 青春のぎこちなさ、痛々しさを描いた本作は、若い読者の共感を呼ぶことだろう。

 ミステリーならではの大仕掛けが、現実に比較的近い舞台で描かれるのが、麻耶雄嵩『メルカトル悪人狩り』と、東川篤哉『居酒屋「一服亭」の四季』。

メルカトル悪人狩り
『メルカトル悪人狩り』(麻耶雄嵩/講談社)
居酒屋「一服亭」の四季
『居酒屋「一服亭」の四季』(東川篤哉/講談社)

『メルカトル悪人狩り』は、タキシードにシルクハットの“銘探偵”メルカトル鮎が快刀乱麻の推理を披露する短編集。洋館での見立て殺人を扱った「水曜日と金曜日が嫌い」、白浜のリゾートホテルが舞台となる「メルカトル・ナイト」など多彩な8作を収めている。これぞ本格ミステリーという隙のない物語展開に、ジャンルの土台を揺るがしかねないアバンギャルドな発想が重ねられ、唯一無二の読書体験が味わえる。

『居酒屋「一服亭」の四季』は、『純喫茶「一服堂」の四季』のシリーズ第2弾。前作同様、安楽椅子探偵のヨリ子さんが(ただし前作とは別人だ)、店の客が持ち込む奇妙な事件を解き明かしていく。ほっこり日常系ミステリーと見せかけて、扱われている事件がすべて猟奇犯罪というのがミソ。密室から被害者の胴体だけが消失する「綺麗な脚の女」など、全4話に大胆なトリックが使われている。

 以上8作。並べてみるとあらためてバラエティの豊かさと、参加作品のポテンシャルの高さに驚かされる。

 コンプリートをして日本のミステリーの今に触れるもよし、気に入った作品から自分の好みの傾向を掘るのもありだ。とにかく読まずに今年を終えるのはもったいない名作ぞろいなので、ミステリー好きは、あらためてチェックしてみてほしい。

文=朝宮運河

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