アウトロー作家・福澤徹三が一番怖いものとは!? | 夏のホラー部第7回

公開日:2015/9/26

アウトロー作家がいちばん怖いものとは

――そんな無頼派の福澤さんが、怪談やホラーに惹かれるのはなぜなんでしょうか?

福澤:大げさに言えば、救済かもしれません。『忌談・終』のまえがきにも書きましたが、科学技術の発展が人類に決定的な不幸をもたらすかもしれない。事実、ネットやスマホといったコミュニケーションツールの進歩に反して、現実の人間関係は希薄になる一方です。ぼくはそんなに先がないからいいけれど、若い人たちが気の毒ですよね。こういう閉塞した世の中だからこそ、超自然的な存在に救いを感じる。ぼく自身、幼い頃から怪談やホラーを読んできたのは、学校や社会からの逃避だったと思います。

――あるいは不思議な話に触れることで、心の安定を得るとか。

福澤:近年は量子力学に代表されるように、先端科学の領域でも、いま我々がいるのとはちがう次元が存在するのではないか、といわれています。怪談実話とは別のジャンルの話ですが、そういう研究が進めば、新たな世界が見えてくるかもしれません。

――最近出された新刊『しにんあそび』(光文社)は、そんな世界に触れられそうな怖くて不思議な短編集でした。

しにんあそび』(光文社)

福澤:『しにんあそび』は、過去に文芸誌に書いたものを一冊にまとめました。ホラーだけでなく、怪談実話的なものやユーモラスなものもあるので「奇妙な味」というくくりにしました。本来の「奇妙な味」の定義とは微妙にずれますが。

――主人公の境遇がそれぞれリアルで、読んでいて身につまされました。

福澤:恐怖というのは、日常性が基盤にあると思います。平凡な日常が怪異に侵食されるから怖いのであって、最初から非日常だと怖くない。たとえば怪談を語るとして、冒頭から「これは、わたしが殺人罪で服役していたときの話です」って言われたら、べつの怖さはあるけど共感はできない(笑)。ホラー小説や怪談を怖くするには、まず日常的な世界を書くのが基本だと思います。

――それで福澤作品は怖いんですね。では、福澤さんがいまもっとも怖れているものとは?

福澤:老衰も怖いけど、もっとも怖いのは痛みですね。この年になると、死ぬこと自体はたいして怖くないけど、それにともなう苦痛が厭です。

――すると激痛をともなう難病とか?

福澤:そこまでいかなくても、歯が痛いだけで怖いですよ。最近よく口にするんですが、人間はどこも痛くないだけで、じゅうぶん幸せなんです。いくら金があっても、歯が痛かったら、なにも楽しめないでしょう。歯痛にくらべたら、幽霊の怖さなんて取るに足りない。

――まさかの歯痛最恐説!

福澤:若い頃は、たびたび歯痛に苦しみましたからね。いちばんひどかったのは、東京で雀荘の店長をしてたときで、虫歯が化膿して顔がぱんぱんに腫れあがったんです。でも健康保険も金もないから歯医者に行けない。痛くて飯も食えないから紙パックの日本酒をストローで飲んで、激痛をごまかしてましたが、しまいにはほっぺたが膿だらけになって、指で押したらべこべこへこみました(笑)。それがどうにか治ったとき、歯が痛くないだけで幸せだと悟りました。

――『忌談』を楽しめるのも、歯が痛くないからですもんね。

福澤:誰だって自分が怖い目に遭ってるときは、怖い本なんか読みません。歯が痛くないだけで、じゅうぶん幸せなんだ、と思えば、いまの世の中もすこしは明るくなると思います。

――ホラーファンも歯磨きが大事ですね。今日はありがとうございました。


取材・文=朝宮運河

■プロフィール
福澤徹三●1962年福岡県生まれ。営業、飲食、アパレル、デザイナー、コピーライター、専門学校講師など多くの職業を経験した後、2000年『幻日』(文庫化の際『再生ボタン』と改題)で作家デビュー。08年『すじぼり』で第10回大藪春彦賞を受賞。『東京難民』が14年に映画化された。『怪談熱』『怪談歳時記 12か月の悪夢』『黒い百物語』『Iターン』『灰色の犬』『シャッター通りの死にぞこない』『侠飯』など著書多数。