クリープハイプ尾崎世界観として、小説家として、一進一退、「葛藤の日々」を描いた美しくも切ないエッセイ集『苦汁100%』

エンタメ

2017/5/27

『苦汁100%』(尾崎世界観/文藝春秋)

 あなたのみている世界にはどんな味わいがあるだろう。そう考えた時に、我々の世界がいかに無味乾燥でつまらないのかに気づく。しかし、この苦々しい世界のなかでも必死であがいて独自の世界を切り拓く人はいる。

 尾崎世界観著『苦汁100%』(文藝春秋)は、大人気ロックバンド「クリープハイプ」のギターボーカルで、小説家の尾崎世界観が喜怒哀楽さまざまな感情にあふれた日々を綴った日記集。有料メールマガジン「水道橋博士のメルマ旬報」で連載されたエッセイが書籍化された作品だ。尾崎は、「クリープハイプ」のフロントマンとして、美しく切ないハイトーンボイスと押韻や比喩表現を用いた文学的な歌詞が高く評価されているが、2016年処女小説『祐介』でバラエティ番組『アメトーーク!』の読書芸人大賞を受賞して以降、作家としても大きな注目を集めている。ミュージシャンとして、小説家として、多忙に過ごす尾崎世界観の日々は、ユーモアたっぷり。自意識たっぷり。日々葛藤するその様子に、元々のファンもそうでない人も、共感し、惹き付けられることだろう。

某月某日
8年前に出たときとは違って大勢のお客さん。本当にありがたい。お客さんが塊になってぶつかってくるようで心地よかった。まるで、扇風機の「強」の風を至近距離で浴びたときのような、息もできないほどの塊を感じた。8年前の自分におすそ分けしてやりたいほどの幸せ。

某月某日
また来年、少しでも大きくなって帰ってきたい。こんな舞台に立てることは幸せだ。売れたい。届かなくて叫び出したくなる程悔しい。

某月某日
Tシャツ着てタオルを巻いて、嬉しそうにステージを観ているこの人達が周りから馬鹿にされるようなバンドにはなりたくない。

某月某日
いつも通っているあの本屋へ。「祐介」がどこに置かれているかの確認へ。前は3冊、サブカルコーナーにぽつんと置かれていた。でも、テレビや雑誌で何度か取り上げて貰った今なら、きっと。そう信じて見たけれど無い。文芸のコーナーに置いていない。サブカルコーナーを見てみると前よりも増えている。おまけに奥の人気の無い音楽書籍コーナーにも追加で大量に並んでいて、絶対に文芸と認めないという書店側の意地を感じた。ドラフトで、巨人に行きたいのにオリックスに指名されたら、こんな気持ちになるのかなぁと思った。

某月某日
もう第二の火花で良い。もっと売れたい。

 尾崎世界観は、多くの人から言われる「世界観が」という曖昧な評価に疑問を感じ、自ら尾崎世界観と名乗るようになったというが、この作品にも、彼だからこそ描ける独自の「世界観」がある。それは、普通の人が見逃してしまうようなごく日常的な風景のささいなところ、おもしろいところを切り取ることができる能力であり、誰かの何気ない所作が気になってしまうような繊細さである。そんな彼の感性の鋭さに読者は誰もが圧巻させられるだろう。そして、その感性を、感じ取った思いを彼は巧みに描写してみせる。圧倒的な比喩力と観察眼。尾崎世界観が日々、何を見、何を感じているかがこの本からひしひしと伝わってくる。

 大切なことは書かないし、書けない。だから、書く。

 ミュージシャンとして、作家として、はたからみれば、順風満帆の日々を送っているのかと思えば、毎日が一進一退。観客と一体になれたようなライブができた日もあれば、うまく音作りがいかない日、声が思うように出ない日もある。あらゆる箇所から、悲しみを感じるのは何故だろう。必死に日々を過ごすことは、どうしてこんなに切ないのだろう。悔しさや苦しさがぎゅっと詰まった文章は、あまりにも美しい。日々の葛藤。ファンへの思い。無味乾燥な毎日を過ごすあなたにこそ読んでほしい充実の作品。

文=アサトーミナミ