上白石萌音「読むと、暮らしがぐっと色づきます」50年以上読み継がれる『車のいろは空のいろ』シリーズの新装版&特装版が発売!

文芸・カルチャー

公開日:2022/12/27

新装版 車のいろは空のいろ 白いぼうし
新装版 車のいろは空のいろ 白いぼうし』(作:あまんきみこ、絵:黒井健/ポプラ社)

「空いろのタクシーは、ずっと走り続けていました。これは心やさしいタクシー運転手の松井さんとふしぎなお客さん、そして、あなたの物語」――。50年以上読み継がれるロングセラー童話集『車のいろは空のいろ』シリーズ。その特装版が2022年11月9日(水)、新装版が11月23日(水)に発売された。

 同シリーズは、『ちいちゃんのかげおくり』や『きつねのおきゃくさま』の作者・あまんきみこさんが手掛けるロングセラーシリーズ。1968年に刊行されて以降、子どもから大人まで幅広い層の読者に愛読され続けてきた。特にシリーズ1作目に収録されている「白いぼうし」は1971年より教科書に掲載され、いまもなお世代を超えて長く読み継がれている。子どもの頃に、あまんきみこさんの作品を読んだことのある人も多いのではないだろうか。

 その最新作となる4巻目『新装版 車のいろは空のいろ ゆめでもいい』が、11月23日(水)に発売。新作は実に22年ぶりのこと。この4巻でタクシー運転手の松井さんは、人間の子に化けたつもりのたぬきの子、夜の公園で人間の姿になって遊ぶ子ねこたち、夫を亡くした妻と赤ちゃんなどと出会い、物語が紡がれていく。どのエピソードも、読めば心が温かくなるものばかりだ。

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 この4巻に合わせて、シリーズ全作を絵本画家・黒井健さんの挿画・挿絵でリニューアル。全4巻の「新装版」として登場。

 さらにその刊行を記念して登場したのが、豪華仕様の「特装版」。箔押し、クロス装のシリーズ1作目・2作目がセットになっているほか、作中の名シーンを使用したアートカードなどが特典としてついてくるそうだ。

特装版 車のいろは空のいろ』(あまんきみこ:作、北田卓史:絵/ポプラ社)

 SNS上には早くも好評の声が相次いでおり、「何回読んでもいい」「とても心があたたかくなります」「息子も夢中になって読んでいました」といったコメントが多く寄せられている。また同シリーズには、俳優の上白石萌音、佐藤二朗、児童文学作家・富安陽子からの推薦コメントも。

俳優・上白石萌音 推薦コメント
小学校の教科書以来の、思わぬ再会でした。国語の教科書に載っていたのです。
〈まるであたたかい日のひかりをそのままそめつけたような、みごとないろでした〉
世界はこんなにもゆたかな「いろ」でできている。読むと、暮らしがぐっと色づきます。

俳優・佐藤二朗 推薦コメント
数年前、舞台で絵本を朗読した。タクシー運転手の松井さんを演じながら、なぜか僕の頭の中に「そっと優しい」という言葉が何度も浮かんだ。押しつけでも大仰でもない。「そっと優しい」。松井さんの優しさが世界に溢れるといいなと思う。

児童文学作家・富安陽子 推薦コメント
松井さんが運転する空いろのタクシーには実に様々なお客たちが乗りこんできます。現在と過去、現在と未来、夢と現の境界をこえてお客さんを運ぶ楽しさ、温かさ−−。宝物のようなお話が詰まった私の大好きなシリーズです。

 広く愛される同シリーズ。この機会に、改めて読み直してみてはいかがだろうか?

『新装版 車のいろは空のいろ ゆめでもいい』から「きょうの空より青いシャツ」1話試し読み

 うすみどりの林のなかの細い道を、空いろのタクシーがぐんぐん走っています。
 うんてんしゅは、松井五郎さん。
( 春は、やっぱり、いいなあ。きょうは、いっぺんにあったかくなった。)
 となりの町までお客をおくって、もどるとちゅうでした。
(おやおや、あれは?)
 大きな木の下で、青いぼうしをちょこんとかぶった子だぬきが、みじかいまえ足をかたほうだけ、のけぞるようにして、あげているのです。
「見て、見て。こっちを見て。 ほら、ほら、ぼく、手をあげているんだよ。」
と、いうように。
 車は、そのまえで、ぴたりととまりました。
 客せきのドアをあけると、子だぬきは、青いぼうしをとって、ぺこっとおじぎをし、
「こんにちは。」
と、いったきり、もじもじたっています。
「どうぞ。」
 松井さんが笑顔でいうと、
「えっ、のっていいの? 」
 ぴょんとはねあがってから、
「うわあ、ぼく、のっていいんだあ。」
と、車にのりこんできました。

( 手を、あんなにあげていたのに、のっていいのって? じぶんがたぬきだから、えんりょしたんだな。)
 松井さんはわらいだしそうなのを、やっとこらえてききました。
「さて、どちらまで?」
「あの、あの、あのう。」
 子だぬきは、小さいかすれ声になっていいました。
「この林のおわるとこ」
「この林のおわり? なの花橋のてまえですね。」
 松井さんは、うなずいてアクセルをふみました。

 車が走りだすと、うしろから、はあっと大きなためいきがきこえました。
 しばらく、しんとしていましたが、こんどはわらい声がきこえだしたのです。
「くくくくく。うれしいなあ。くくくくく。」
 わらいだしたら、もうとまらなくなったみたい。
「ぼく、はじめてだよ。はじめてのったよ。 はやいなあ。すごいなあ。くくくくく。」

(こんなによろこばれたら、こっちもうれしいよ。)
 松井さんもいっしょに、くくくくと、わらってしまいました。すると、子だぬきがききました。
「あのね、おじちゃん。ぼく、男の子に見える?」
「見える、見える。げんきな男の子だよ。」
 すると子だぬきは、うきうきした声でまたききました。
「ねえ、このシャツとズボン、どう? ぼくに、にあう?」
(えっ。)
 とっさにへんじができません。だってこの子だぬき、青いぼうしはたしかにかぶっていますが、シャツなんかきていないし、ズボンもはいていないのです。つまり、まるはだかというか、くりいろの毛皮の服をきているというか。
(なんと、こたえよう。)
 松井さんがもごもごしていると、子だぬきが、まえ足をうちあわせながら、うたいだしました。

 「きょうの空より 青いシャツ
  きょうの空より 青ズボン
  ね、ね
  にあうでしょ」

 高い、かわいい声です。

 「お日さまよりも 金バッジ
  お日さまよりも 金ボタン
  ね、ね
  にあうでしょ」

 うたいやめて、子だぬきがうれしそうにききました。
「ぼくのシャツとズボンは、なにいろだ?」
 そこで松井さんは、にっこりこたえました。
「そりゃ、青さ。きょうの空より、青いシャツ。」
「あたりい。」
 子だぬきは、きゃらきゃらわらいました。それからききました。
「じゃあ、バッジとボタンは、なにいろだ?」
「そりゃあ、金さ。お日さまよりも、金いろだ。」
「あたりい。うれしいなあ。」
 子だぬきは、またきゃらきゃら、わらいました。
 道のむこうがあかるくなり、なの花橋が見えてきました。

「さあ、つきました。」
 松井さんがふりむくと、子だぬきは、もじもじしながら、うすみどりの小さなイチョウの葉を三まい、だしました。
「これで、いい?」
 松井さんは、はっとしましたが、ひとつ、ふたつ、うなずいてから、
いつもお客にするように、
「ありがとうございます。」
と、うけとりました。
 車をおりた子だぬきは、青いぼうしをとり、ぺこんとおじぎをして、林のなかに走っていきました。
 そのうしろすがたをにこにこ見おくりながら、
「春の小さなお客さんだなあ。」
と、松井さんがつぶやいたとき、子だぬきが、たちどまりました。
 あらら。
 こちらにかけもどってきたのです。
「どうした? わすれものかな?」

 松井さんはまどをあけました。
 子だぬきは、車のよこにくると、目をまんまるにして見あげ、けんめいな高い声になっていいました。
「ご、ごめんなさい。ぼ、ぼく、うそ、ついてたの。」
「えっ。」
「ぼく、ぼく、人間の男の子じゃなかったの。ほんとは、たぬきの子。ばけてて、ごめん。」
 これだけいうと、くるりとむきをかえ、ぱあっと走っていきました。
 そのはやいこと、はやいこと。
 ふといくりいろのしっぽが、林のうす緑の下草のなかにすうっときえました。
 松井さんは、ぽかんとしました。 だって、はじめから青いぼうしをかぶった子だぬきとつきあっていたのですからね。
(なんだ、なんだ。なにをいってるんだ。)
 あけたまどから、あたたかな春風がふわりとふきこんできました。
 
 ほんのすこしして、松井さんは、
「ああ、そうか。」
と、つぶやきました。
「きっと、そうだよ。」
と、うなずきました。
(……あの子が、はじめに、男の子に見える? とたずねたのは、『人間の男の子に見える?』といういみだったのだ。
 そうか、そうか。あの子は、人間の子になって、きょうの空より青いシャツをき、ズボンをはき、それには、お日さまよりも金いろのバッジとボタンがついているつもりだったのだ。)
 松井さんは目をしばたたきました。
「あの子は、うそなんかついてないよ。あの子のうたのとおりにこっちがこたえてしまったから……。なんと。」
 あわてて車をおりました。
 林にかけこんで、見まわしました。
「おーい、青ぼうしくーん。」
と、大きな声でよびました。
「おーい、おーい。青ぼうしくーん。」
 しいんとしずまっています。
 小鳥の声もきこえません。
「いいんだよ。いいんだよ。きみは、そのままだったよう。ごめんは、こっち。ごめんは、こっち。」
 うすみどりの世界が、さわさわさわとゆれました。
 
 やがて、小さなイチョウの葉を三まいのせた空いろの車は、町にむかってすべるように走りだしました。

<続きは書籍でお楽しみください>

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