依頼主の秘密を“香り”に変える天才調香師。彼のもとで新たに働くのは“怒り”の匂いがする青年で!?『透明な夜の香り』続編が発売!

文芸・カルチャー

更新日:2023/7/7

赤い月の香り
赤い月の香り』(千早茜/集英社)

 天才調香師がさらりと語る植物の知識の奥深さに興味を惹かれ、そんな彼が作る「香り」を求める客たちの欲深さに圧倒された小説『透明な夜の香り』(集英社)の続編『赤い月の香り』(集英社)が発売された。作者は、『しろがねの葉』で第168回直木賞を受賞したばかりの千早茜さん。本作は、天才調香師・小川朔が暮らす、香料植物や薬用植物でいっぱいの庭園がある重厚な雰囲気の洋館を舞台に、人と香りの密接な関係が、傷ついた経験を持つ繊細な人間たちの目線で、静謐に、時に艶めかしく描かれている。

 物語は、カフェの厨房でアルバイトしていた朝倉満が、理不尽な扱いをされて怒りに震えていた時、客として訪れた天才調香師・小川朔に「うちで働くといい」と勧誘されるところから幕を開ける。実は、満はある事情から前科があり、怒りを抑えることが出来ず、加えて、女性も苦手という側面があった。朔は共に完全紹介制の「香り」を作るサロンを営む幼なじみの探偵・新城が採用を反対したにもかかわらず、「嘘をつかないこと」を条件に満を雇う。洋館の家事手伝いや庭仕事、接客を任せたのだ。

 前作で、朔のもとで家事手伝いのバイトをしていた落ち着いた女性・一香に代わり、今回は、身体が大きく、内に激しい怒りを秘めた男性・満が主人公だ。恐ろしいほど鼻が利き、匂いから他人の体調や感情、女性関係やホルモンバランスの乱れまでわかってしまう朔にとって、満はやりにくい相手なのでは? とハラハラしながら読み進めた。

advertisement

 今回も、朔のもとには、様々な秘密を隠し持った一筋縄ではいかない客が、オーダーメイドの香りを求めてやってくる。「大手のレコード会社に移籍するので、世界一の歌姫に相応しい香水を作りたい」と要求しつつも、本当の目的は別のところにあった歌姫・リリー。「同級生に会うから僕のいた小学校の香りを作ってほしい」とお願いした、すぐに謝る癖のある青年・持田は、裕福ではないのに、ある悲しい目的のため、目が飛び出るほど高い香りを次々と注文しようとする。また、「匂いがしないので嗅覚を取り戻す香りを作ってもらいたい」と依頼した妊活中の女性の過去は、あまりに壮絶で、胸を痛めながらページをめくった。

 朔の洋館を訪れる依頼人と同じように、心に深い傷を負い、過去の経験から「赤い月」を極度に恐れる満。彼は、朔の手伝いを通して依頼人の生々しい欲望と対峙することで、自らの人生とも向き合うことになるのだが、ジャスミンの花の甘い香りに包まれた最終章は、なぜ朔が満を仕事に誘ったかが明かされ、涙が止まらなくなった。植物がふんだんに登場し、その香りや効能に新鮮な驚きがあるのはもちろん、傷ついた者たちが、絶妙な距離感で支え合い、一歩一歩、着実に歩き出すその姿からは、瑞々しさと一筋の希望が感じられた。気高く上品な文章からは、嗅いだことのない植物の香りや登場人物の体臭が漂ってくるようで、私は読み終わってもしばらく、物語の余韻に静かに浸っていた。

文=さゆ

あわせて読みたい