風俗嬢と出会った”元”人気マンガ家の顛末――斎藤工主演で映画化。浅野いにお渾身の問題作

マンガ

公開日:2023/4/27

零落
零落』(浅野いにお/小学館)

 2017年にビッグコミックスペリオールで連載された、浅野いにお氏の『零落』(小学館)。表現者としての行き場を見失ったマンガ家の魂の旅を辿る作品だ。30代半ばの男を主人公に作家の宿命や葛藤を描く、浅野いにお作品でも異色と言えるこのコミック。今年、斎藤工主演、竹中直人監督で映画化されたことでも話題だ。

 長期連載を終えた30代半ばのマンガ家・深澤。かつては作家として成功するものの、最終巻の部数は落ち込み、次回作を期待すると口にする周囲からは見放されていると感じている。元・人気マンガ家としてのプライドから若い才能を見下し、彼を応援してきた編集者の妻にもつらくあたる。次回作への意欲もわかずに心を彷徨わせる深澤は、虚無感を満たすように夜の街の案内所へとたどり着き、風俗嬢のちふゆと出会う。

 猫目が特徴で、「マンガは嫌い」と言うちふゆを前に、マンガ家として駆け出しの頃に付き合っていた女性を思い起こす深澤。夢を追っていた時代に芯を食う言葉で深澤の心を揺らし、「あなたが怖い」と言った彼女と、成功を収めた後に堕落した自分を慰めるちふゆの姿が重なる。

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 心を動かす物語を描き続けるためには、周りを傷付けなければいけないのか。表現者は、孤独や苦しみから逃れられないのか。2017年に浅野氏は『零落』執筆の動機のひとつを「自分の今の感覚をそのまま描きたかった」ことだと語っていたが、彼の作品に魅了されてきた読者ほど、主人公の姿に、自分がその深い業を生み出した共犯者、もしくは加害者であるかのような罪悪感を抱くのではないだろうか。

 しかし主人公は、マンガ業界という厳しい世界で生きる作家という特殊な存在である一方、大事なものをどこかに置き忘れて大人になってしまった、ひとりの中年男に過ぎないとも言える。『零落』は、人気に左右され、批判にさらされる世界で身を削ってきた男の肥大した自意識がどこにたどり着くのか、読者が見守る物語でもあるだろう。現実から逃げ、何かに依存する自分に気付いて空しくなる時や、大人として夢と折り合いをつけたはずなのに気持ちが揺れる瞬間は、誰にでもあると思う。この物語が私たちにとって他人事ではないからこそ、ラストの主人公の視線に背筋が凍る。浅野いにお作品と共に10代、20代を生きて大人になり、深澤と同じように中年に差しかかった読者は特に、『零落』の世界に自分の存在を見出すのではないだろうか。

 映画では、深澤を斎藤工、ちふゆを趣里が演じている。もがき苦しみ、醜態を見せる深澤に扮する斎藤工の視線と、すべてを見透かしたような猫目が印象的な趣里の演技も必見だ。

文=川辺美希

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