今だからこその新しい旅の形――不安と期待とともに、ふかわりょうが岐阜県美濃地方を行く“スマホ無し”の直感的旅行記

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公開日:2023/5/19

スマホを置いて旅したら
スマホを置いて旅したら』(ふかわりょう/大和書房)

 2023年の年明けを境に国内各地の旅行客が回復・増加傾向にあることは、ニュースなどを経由した情報としてだけではなく、町を歩いていれば自ずと肌で感じるようになってきました。コロナの水際対策も、ついにGW前の4月末に終了しました。こうしたタイミングでご紹介するのは、タレントのふかわりょう氏が、ふと思い立って岐阜県美濃地方で3泊4日の「スマホ無し旅」をした旅行記『スマホを置いて旅したら』(大和書房)です。

「スマホがあるから○○なんだ」というようにスマホを悪者にする感じではなく、むしろスマホが無いと自分の生活がいかに成り立たないかという「スマホあり」の状態に対する感謝も交えながら、ふかわ氏らしいオフビートなテンポで「無スマホチャレンジ」が展開されていきます。

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「旅は準備から始まっている」というような考え方がありますが、著者はスマホを持たずに仕事に行くことで、かなり入念な予行演習レベルの準備を行います。「事故にあったらどうしよう」「渋滞にはまって遅刻しそうになったらどうしよう」などと、たちまち不安な気持ちがたちこめてくる様子が本書の冒頭に綴られています。

今まで仕事に向かう際に事故に遭ったことなどないのに。私の性格もありますが、そういう思考回路になりました。スマホは安心感を与えてくれていたのでしょう。しかし、スマホを持つ前はそんなに不安になった覚えはありません。いつの間にか、スマホがないと不安を覚える体になってしまったようです。

「スマホ×旅」でいうと、私たちがお世話になることが多いサービスは、交通機関の乗り換え検索や宿泊予約ではないかと思います。著者の旅は、完全に行き当たりばったりで宿を現地で探すようなタイプの直感的な旅ではなく、事前にある程度乗り換え情報は調べて宿も予約しておいた上で、残りの余白を直感的に楽しむタイプの旅です。最重要目的地も、日本庭園の装飾のひとつで水の美しい響きを楽しめる「水琴窟」だとあらかじめ決まっています。

 こうして新横浜駅で台風明けの早朝に幕を開けた旅は、名古屋に向かう新幹線車内で停電に見舞われるという想定外のアクシデントから始まります。「トラベル・イズ・トラブル」という考え方もありますが、著者は予行演習の成果もあいまって、冷静に目的地の美濃地方へたどり着きます。

 美濃地方の伝統建築の特徴のひとつに「うだつ」があります。火事が起きたとき隣家に火が広がらないようにするための実用的な防火壁に、小屋根の装飾がついている部分を指します。費用がかかるので、裕福な家の象徴だったそうです。

「うだつが上がらない」という慣用句は、「出世できない、地位が上がらない、金銭に恵まれない」などパッとしない意味で、美濃の町並みは「うだつが上がる町並み」として観光客に親しまれていて、ふかわ氏も例にもれずその雰囲気に浸ります。名物の「鮎づくし」を料理屋で堪能していると、良い意味での想定外な出来事が訪れます。

「じゃぁ、2軒目行きましょう」
まさかの事態です。すっかり打ち解けたとはいえ、初対面にして2軒目に誘われるとは。光栄なことです。心のどこかでこんなことを期待していました。
会計を済ませると、じゃあ行きましょうと、おじさん二人に連れられて店を後にします。一体、どこに連れて行かれるのだろうか。すっかり暗くなったうだつの町を歩いて行きます。

 その後どうなったのかは、本書をお手にとってご確認ください。スマホであれこれパパっと調べてバラエティ豊かな中から情報を選び取るよりも、実はスマホを置いて「自分の充電」をしつつ選択をする方が旅を心から満喫する近道なのかもしれない。そう思わせてくれるような著者の旅をゆったりと追体験できる本書は、夏以降の旅行先をプランするのにピッタリの一冊です。

文=神保慶政

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