元タカラジェンヌ タンバリン芸で新仕事をゲットーー普通のサラリーマンになっても成功できた、セカンドキャリアの学びになるエッセイ

文芸・カルチャー

公開日:2023/5/28

こう見えて元タカラジェンヌです 遅れてきた社会人篇
こう見えて元タカラジェンヌです 遅れてきた社会人篇』(天真みちる/左右社)

 ピンクの羽根を背負い、派手なメイクを施したスーツ姿の男装した女性が、頭にネクタイを巻いて、クールな眼差しで受話器を耳に当てる……。

 文字にするととんでもなくカオスになってしまうが、『こう見えて元タカラジェンヌです 遅れてきた社会人篇』(左右社)の表紙である。このド派手な人物は元タカラジェンヌの天真みちるさん(通称たそ)。この本は彼女のセカンドキャリアを綴ったエッセイだ。

 タカラヅカといえばご存じ、日本を代表する歌劇団。その華やかなステージに立てるのは宝塚音楽学校を卒業したタカラジェンヌのみ。たそさんもその一人で、約15年間、花組の男役として数多くの舞台に立った。

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 在団中は、角刈りにねじり鉢巻きの車引きや、常に目を半分だけ開けた状態の右大臣、吸血鬼に血を吸われて暴れまわる不動産業者……などなど、「情報量の多いおっさん」を演じる唯一無二の存在として活躍。「見たくなくてもあなたの瞳にダイビング☆」というキャッチフレーズそのままに、多くの人々を釘付けにする視線ドロボウだった。

 たそさんの宝塚音楽学校の受験から退団までは、前作『こう見えて元タカラジェンヌです』で綴られているので、こちらもぜひ読んでいただきたい。特に受験での珍事件と、眠気覚ましのタイガーバームと、掃除用のビスコットタオルのエピソードは普通に声を出して笑ったのでとてもおすすめである。

議事録を脚本にしてしまうサラリーマン・たそ

『遅れてきた社会人篇』は、前作の続編。10代で宝塚音楽学校に入り、20代のほとんどをタカラヅカという特殊な世界で生きてきたたそさんが、一般社会で何をするのか? という非常に興味深い一冊なのだ。

 縁あって、退団後すぐに知り合いが社長を務めるイベント会社に入社したたそさん。サラリーマンとして働くものの、会議の議事録を脚本にして提出したり、名刺の肩書に『歌って踊れるサラリーマン』と入れようとして上司から却下されたりするなど、タカラジェンヌ的失敗を連発。やはり常人とは一味違う。

 その後独立し、現在は自身が代表を務める会社で舞台やイベントの企画・脚本・演出を手掛ける傍ら、MCや余興芸人としても活躍中。

 そんなたそさんのサクセスストーリーは、ひとつひとつのエピソードが笑いに溢れているので読み物として面白いのだが、一方でとても学びになる。

 というのも、タカラヅカという看板がなくなったたそさんのセルフブランディングの方法や、仕事の取り方、ビジネスマインドの作り方などがとても参考になるのだ。たそさん流のビジネススキルをいくつかご紹介しよう。

○とにかく行動量が多い

 退団後、2週間で会社に就職したたそさん。個人的に依頼されるイベント出演の仕事をこなしつつ、本業では一般業務に加えて朗読劇の脚本・演出を担当。初めての仕事を複数同時にさばいていく体力、気力もすごいが、見習いたいのは常に行動しながら思考しているところだ。脚本を一度も書いたことがなくてもとにかくやってみる。演出もそうだ。実際にチャレンジしてみて、自分の強みを発見していく。「行動する勇気がない…」という人は、たそさんのアグレッシブさに励まされることだろう。

○サービス精神が新しい仕事を生み出す

 結婚式の余興にと頼まれれば、タカラヅカ時代に培ったタンバリン芸も全力で披露するたそさん。お願いされれば即座に引き受けるサービス精神はやはり舞台人だ。結果、余興は大成功。しかしただ成功して終わりではない。タンバリン芸に手応えを感じたたそさんは、「余興芸人……イケるかもしれない……!!!」と心の中で叫ぶ。“誰かのために”というサービス精神は、新たなビジネスのヒントになるのだ。

○どんな失敗からも学びを得る姿勢

 いつも全力のたそさんだが、ときに壁にぶつかることも。なんとか書き上げた脚本の初めての本読みで、たそさんは「足元から力を奪われるような」緊張に包まれる。その原因は「死ぬ気で頑張ったと、胸を張って思えないから」。もっとやれたことがあったはずなのにと悔やむのだ。誰しも同じような経験をしたことはあるだろう。そんなとき、ただ悔しいで終わっては意味がない。たそさんは不完全な脚本と真正面から向き合い、何が問題なのかを必死で探す。自らの失敗を受け止めたたそさんは、その後無事に公演を成功させるのだった。

○やっぱり“清く正しく美しい”は正義

 宝塚音楽学校のモットーといえば、「清く正しく美しく」。個性が先行するたそさんだが、「清く正しく美しい」生き方は文章からにじみ出ている。たとえば突如出てくる自作のポエム。ゼロから1を生み出すことはできるのか? というテーマで、なぜか1ページ使ってポエムを読まされる。しかしその言葉選びやセンスはやはりタカラジェンヌ。「ジョッキ片手にさあgo for it」なんて、頭の中に音楽が鳴り響いていなければ出てこない。ステージを降りた今もなお、タカラジェンヌのままなのだ。

 ビジネス的な面をピックアップしたが、本書はそんな真面目な本ではないことを最後に付け加えておく。たそさんの劇的で唐突な結婚や、ファン必読の稽古場日誌など、内容は盛りだくさん。笑いいっぱいの現代浪漫活劇『こう見えて元タカラジェンヌです 遅れてきた社会人篇』。とくとご覧あれ!

文=中村未来

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