「私の身体は生きるために壊れてきた」――圧倒される言葉の強さ、迫力。衝撃の第128回文學界新人賞受賞作『ハンチバック』

文芸・カルチャー

公開日:2023/6/22

ハンチバック
ハンチバック』(市川沙央/文藝春秋)

 何も知らずにいた自分をもっともっと叩きのめしてほしい。ページをめくりながら、そう思ったのは初めてのことだった。純文学とは、常に私たちに知らなかった世界を教えてくれるものだとは思っていた。だが、ここで描かれているのは、知るべきであるのに「気づかないことができていた世界」。こんなにも、読むことに痛みを感じる作品は滅多にあるまい。

 市川沙央氏の『ハンチバック』(文藝春秋)は、第128回文學界新人賞の受賞作である。

 物語は、いきなりハプニングバーの体験談から始まるためギョッとしてしまう。「<div>」や「<head>」などのタグで囲まれたその文章は、続けて読んでいけば主人公がWordPressで執筆したWeb記事であることがわかる。

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 主人公・井沢釈華は、先天性の筋疾患とそれに伴う側弯症を患う40代の重度障害者であり、両親が遺したグループホームで暮らしている。右側に極度に湾曲した背骨のため、釈華が自分の足で移動するのは自室のみで、部屋を出るときは電動車椅子を用いる。呼吸の負荷を下げるために気管を切開しており、仰臥時のみ人工呼吸器を使っている。

 ほとんどグループホームの外に出ない暮しを送りながら、しかし釈華は、様々な形で社会に開かれている。約十畳の自室から、「某有名私大」の通信課程に通い、iPadでWeb記事や、成人向けのティーンズラブ小説を執筆し、Web記事や小説の収益は全額寄付している——グループホームの土地建物は釈華が所有しており、両親の莫大な遺産と、その他数棟所有しているマンションの家賃収入は、彼女が一生暮らしていくに困らない額である。

 釈華の強烈なキャラクター、その身体描写の迫力、なによりパンチラインの数々は、読者の安易な共感や同情を拒否し、ただただ、物語へと引きずりこむ。彼女が自らの身体について語るくだりは圧巻だ。

生きれば生きるほど私の身体はいびつに壊れていく。死に向かって壊れるのではない。生きるために壊れる、生き抜いた時間の証として破壊されていく。(中略)本を読むたび背骨は曲がり肺を潰し喉に孔を穿ち歩いては頭をぶつけ、私の身体は生きるために壊れてきた。

 とはいえ、「健常者」の読者にとっては、もちろん、自らが無自覚でいられた社会への、釈華の批判も強く胸に残る。とりわけ、読書好きにとって鋭く刺さるのは、紙の本についての釈華の言葉だろう。

こちらは紙の本を1冊読むたび少しずつ背骨が潰れていく気がするというのに、紙の匂いが好き、とかページをめくる感触が好き、などと宣(のたま)い電子書籍を貶める健常者は吞気でいい。

 間違いなく、この本は、これからますます大きな話題を呼ぶに違いない。あなたも、釈華の姿に、彼女の言葉に、徹底的に揺さぶられてほしい。

文=アサトーミナミ

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