「なぜ戦争はなくならない?」──繰り返される問いに向き合う世界的ロングセラーを、村上春樹の新訳で読む『世界で最後の花』

文芸・カルチャー

公開日:2023/6/14

世界で最後の花
世界で最後の花』(ジェームズ・サーバー:著、村上春樹:翻訳/ポプラ社)

 世界がコロナ禍に見舞われはじめた2020年の春、長く関西に住んでいた人に、「東日本大震災のあと、関東の人たちはどんなふうに日常を取り戻したの?」と訊かれてハッとした。そういえば、東日本大震災の直後、東京に住んでいた私は、被災地の状況に心を痛め、電気を無駄遣いしないよう心がけたり、防災グッズを揃えたりと、自分にできることをしようとしていた。しかし、それから数年が経っただけで、そういった気持ちを忘れかけてはいなかったか。

 同じような心持ちになったのが、『世界で最後の花』(ジェームズ・サーバー:著、村上春樹:翻訳/ポプラ社)という絵本を読んだときのことだ。

「みなさんもごぞんじのように、第十二次世界大戦があり」──こんな書き出しからはじまる本作品は、シンプルで、洗練されていて、どこかユーモアを感じるイラストとともに展開してゆく。

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世界で最後の花

世界で最後の花

 第十二次世界大戦によって文明は破壊され、町や村、都市は地上から消え去った。森も林も、本も絵画も音楽も地上からなくなって、生き残った将軍たちも、最後の戦争の原因を思い出せずにいる。人間たちは「ただそのへんにぼんやり座りこんで」いるだけになってしまった。ところが……。

ある日、それまで花をいちども見たことのなかった若い娘が、たまたま世界に残った最後の花を目にしました。

世界で最後の花

世界で最後の花

 娘はほかの人間たちに、「最後の花が死にかけている」と告げて回る。だが、彼女の話に興味を持ってくれたのは、よそからやってきたひとりの若い男だけ。娘と若者がその花に養分を与えると、花は2本に増え、4本に増え、林や森が戻ってきた。娘と若者は、いつしか愛し合うようになり……。

 戦争は、自然災害とは違い、人間の考え方次第で防ぐことができる「人災」だとはよく聞く話だ。著者のジェームズ・サーバー氏が、繰り返される愚かな営みを描く中に小さく美しい「世界で最後の花」を置いたのは、大切なことを忘れてしまいがちな人間への、切実な期待があってこそのことではないか。

みなさんもご存じのように、世界では今でも、この現在も、残酷な血なまぐさい戦争が続いています。いっこうに収まる気配はありません。(本書の文章にもあるように)それはあとになったら、当事者の将軍たちでさえ「何のための戦争だったかもう思い出せない」ような戦争であるかもしれません。そんな中で「世界で最後の花」を守るために、多くの人が力を合わせています。この本も、そんなひとつの力になるといいのですが。
訳者あとがきより

 第二次世界大戦勃発直前に刊行され、世界で読みつがれてきたロングセラーを、村上春樹氏の洒脱な新訳で読める本書。子どもも大人も、世界の平和は自分の心からはじまることを実感できる一冊だ。

文=三田ゆき

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