「闇金ウシジマくん」著者が描く裏社会弁護士。脚を失った子よりも飲酒運転する半グレを守る「九条」という人間

マンガ

公開日:2023/7/20

九条の大罪
九条の大罪』(真鍋昌平/小学館)

 闇金業者を扱った漫画『闇金ウシジマくん』(真鍋昌平/小学館)。センセーショナルな設定と物語が読者に衝撃を与えテレビドラマや映画にもなり、累計2100万部を突破した大ヒット作だ。

 最終回の後、多くの人は想像できなかったのではないだろうか。時を経ずして今度は弁護士を主人公にした漫画を発表し、異なる角度から裏社会を見つめて、前作を超えるほどの反響を呼ぶことを。

九条の大罪』(真鍋昌平/小学館)は法律と道徳を分けて考え、時には加害者や裏社会の人間を弁護する九条間人(くじょう・たいざ)が主人公だ。

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 1巻の最初のエピソードで、九条がなぜ他人から悪徳弁護士と呼ばれるのかをほとんどの読者が理解したはずだ。飲酒した状態でスマホを見ながら運転をしていた人物が、5歳の子どもと父親をひき、父親は死亡、子どもは足を切断したというストーリーで、九条は被害者ではなく同情の余地のない加害者を弁護する。このことによって、事故で亡くなった父親や足をなくした息子、彼らを愛していた母親は苦しい状況に追い込まれ、読者のほとんどがやりきれない気持ちになったのではないだろうか。

 まさに九条は悪徳弁護士である。

 ところが読み進めると、九条が自らの感情ややさしさを表に出す場面が増えてきた。たとえば、離婚した妻のもとにいる娘と電話するシーンでは、彼のやさしさを垣間見ることができる。しかしそういった人間らしい一面は、弁護士としての彼の職務に一切影響しない。

 振り返れば序盤の事件でも、被害者の家族が弁護士をつければ、数千万単位で賠償額は上がっていたと九条は同じ法律事務所で働く弁護士の烏丸だけに明かしている。

 この漫画は加害者を擁護することがテーマではないのだ。

 彼の内面は、その生い立ちや過去を知らなければ、完全には理解できないのではないだろうか。

 わずかではあるが伏線はある。

 彼には離婚した妻が親権を持つ娘がいて、離れて暮らす娘を愛している。そして最新8巻では、九条の生い立ちを知る九条の兄、鞍馬蔵人が登場する。

 鞍馬は検事で「悪人を守る弁護士は嫌いです」と断言する。つまり今後、弟である九条と対立する可能性が高い。

 兄弟でありながら名字が違う理由も気になる。

 裏社会に寄った弁護をしたせいで刑事に目をつけられ、唯一の理解者であった弁護士・烏丸も事務所から出て行き、弁護士としての九条の「死」が示唆された7巻。8巻では九条を追い詰めようとする刑事の動き、九条を頼る半グレの壬生に関係した反社会的勢力の凄惨な事件など目が離せない展開が続く。

 やがて8巻は、ひとつの大きな局面を迎える。

 昔起きた、ある無差別殺人事件。幼い九条兄弟と烏丸はそれぞれその裁判を傍聴していた。

 九条の事務所から出て行った烏丸弁護士は、何を思って弁護士という職業を選んだのか。
 なぜ九条の兄は九条と正反対の考え方をする検事になったのか。
 そして何よりも、九条が道徳と法律を分けて考える「悪徳」弁護士になったのはなぜか。

 そのヒントが、過去の無差別殺人事件にちりばめられているのは確かである。

 そして九条を頼る壬生の周囲も揺れ動いていた。読者は九条がその場にいなくても『闇金ウシジマくん』を法律家の立場から見ているような気分にさせられる。

 九条の感情を知りたい。

 今までもヒントはちりばめられていて、九条の考え方は理解できたが、彼がその考えに至るまでの背景や九条自身の感情は伏せられている。

 九条と再会した烏丸は、読者の気持ちを代弁するかのように尋ねる。

法律の話ではなく、先生ご自身の感情の話を伺いたい。

 しかし九条は反対になぜ弁護士になったのかと烏丸に聞く。

 烏丸にさえ、感情を見せることを拒んだのだ。

 だが私たちは8巻でヒントを得た。

 過去の無差別殺人事件と九条の兄の存在によって、そのように推測を始める人も多いだろう。

 私自身、読みながら1巻と8巻で九条の表情が変わったような感覚に陥った。あえて作者がそのようにしているのか、もしくは物語が進むにつれて、自分の主観が覆ったのか。1巻と8巻をいくら読み返してもわからず、「9巻が早く読みたい」という気持ちが高まっていく。

 私は完結してから『闇金ウシジマくん』を読むようになったことを後悔している。

『九条の大罪』は今も連載中だ。リアルタイムで作者である真鍋昌平の世界に飛び込むことができる。

 ぜひ1巻から8巻まで読み進めてほしい。

 何度か確認して読み返したくなるエピソードもあるだろう。

 8巻まで読み終えた人に、私は聞きたい。

 九条の感情が、あなたには見えただろうか。

文=若林理央

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