初対面の獣医にいきなりキスされた!? 1年半で200人とマッチングしてわかった、承認欲求の沼に陥る残念な人たち

恋愛・結婚

公開日:2023/9/4

マッチング・アプリ症候群 婚活沼に棲む人々(朝日新書)
マッチング・アプリ症候群 婚活沼に棲む人々(朝日新書)』(速水由紀子/朝日新聞出版)

 7~8年くらい前のことになるが、マッチング・アプリ(以下、アプリ)の沼にハマって、結構な数の女性に会い、うち何人かとは真剣に交際した。結婚を考えた人もいた。まあ、これも今となっては、さほど特別視される体験談でもないだろう。なんせ、結婚する人の5人に1人がアプリで知り合っている時代なのだから。速水由紀子氏の『マッチング・アプリ症候群 婚活沼に棲む人々(朝日新書)』(朝日新聞出版)は、そんな時代だからこそ待ち望まれていた著作だ。

 速水氏はアプリで1年半に200人とマッチングし、多くの男性と実際に会ってみたという。いわゆるフィールドワークにあたる手法である。そうやって得た情報をベースに、速水氏は各人との悲喜こもごものエピソードを綴っていく。なお、アプリは、男女問わず未成年は登録できないし、本人確認や年齢確認のために身分証明書の提出を求められる。独身証明書を提示することも可能だ。ゆえに、安全性は高いと考えていい。少なくとも、一昔前のいわゆる「出会い系」とはまったくの別ものだ。

 男女の比率は男性がやや多め。本人の写真とプロフィールを頼りに「いいね」というスタンプのようなものを送りあい、気が合いそうならばマッチングが成立。メッセージやLINEを送りあうことができる。その後、ご飯を食べに行くなどし、対面で話すに至るというわけだ。セックスのみが目当ての「ヤリモク」や何らかの勧誘目的の男性もいるが、これは運営に通報すると、該当するユーザーを強制退会してくれる。ちなみに、土日になるとまったく連絡がこなくなる男性も怪しいと見ていいそうだ。その多くが、既婚者であることを隠したり、同時並行で複数の女性と交際したりしているからだ。

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 男性とのメッセージのやりとりで、速水氏は男側の前時代的な感覚に辟易する。というか、読者もおそらく辟易するに違いない。彼らの要求は常に一方通行だ。離婚や失恋で落胆しているのでケアしてほしい。病気で倒れた時に熱心に看病してほしい。家事育児などの負担はすべて女性に担ってほしい、等々。要するに彼らは、パートナーではなく家政婦(あるいはオカン)を求めているのだろう。女性たちは、自分たちは雇用主の男性の所有物じゃないと憤慨するはずだ。

 テレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」は、高給取りのサラリーマン(星野源)が家事代行を女性(新垣結衣)にお願いするが、この仕事の時給は2000円。この時給は結婚して専業主婦になると自然にゼロに近づいていく。このシステムの不備と不条理さに不満を感じる女性も多いことだろう。

 年収や肩書き、学歴が可視化されるアプリで、いちばん大切なのは相手との関係にどれぐらいの時間、コスト、労力を使うかの覚悟だ。そう速水氏は言う。その前提をクリアできない男性には、結婚や同棲を要求する資格すらない。ロール・プレイング・ゲームを楽しむような感覚で「いいね」を集めたり、えんえんとセフレ(セックスフレンド)候補を探し続けたり、承認欲求を満たすためにアプリに依存したり。そんな男性はパートナーとして論外だと思うが、速水氏の取材によれば存在するのだ、実際にそうした輩が。

 会ってみたらプロフィールとはかけ離れた人物が現れ、愕然とすることも度々だったとか。優しくて人当りの良さそうな獣医さんに好感を持ち、公園でピクニックをすると、まだ会話すら始まっていないのに、いきなり抱きしめてキスされたそうだ。だが、速水氏はアプリの将来に決して悲観していない。以下のように彼女は書いている。

アプリが急速に台頭して、マッチングという概念が普及してきたこの時代、日本は思い切ってフランスのように事実婚や同棲婚と同等の法的な結婚と同じ効力を持つものと認めるべきだ。(中略)しかし断言しよう。10年以内に半数以上がアプリ婚になる。なぜなら個人のパートナー探しは村社会の掟や同調圧力とはまったく無関係なところで行われるべきで、日本社会でその条件を満たす場所はアプリの中でしかないからである。

 男性に向けて〈自己演出やコミュニケーションのスキルの低さ、パートナーシップの欠落に唖然とした〉という速水氏。本書の行間からは具体的な問題が浮かび上がる。男女不平等、ミソジニー、ルッキズム、人種・国籍差別、年齢差別、性的搾取、育児・家事のワンオペ、学歴差別、等々。由々しき差別や搾取を排除してこそ、ようやく対等な恋愛がスタートするはずだ。

 本書を読むべきは、アプリの攻略法やハウツーを模索している人ではない。むしろ、著者である速水氏の恋愛論、結婚論、いや、生き方論に賛同する人ではないか。アプリを通して学ぶべきは、交際・結婚の相手の探し方だけではない。自分にとって最優先すべきものは何か、どんな価値観のもとに今後生きていくのか、今後どんな人生をまっとうしていきたいのか、である。そんな風に読者が省察を深めることも可能な、実に射程の長い本だと言える。

文=土佐有明

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