故・野村克也氏が遺した257の言葉と哲学から学ぶ。「周りから非難ごうごう浴びるようになって初めてプロ」

スポーツ・科学

公開日:2023/9/5

野村の流儀 人生の教えとなる257の言葉
野村の流儀 人生の教えとなる257の言葉』(野村克也/ぴあ)

 誹謗中傷が社会問題になったり、アンチコメントに悩むSNSユーザーがいたりする。日常をつぶやいたり趣味として公開したりするだけにとどまる個人にとって、ふいに飛んでくる心ない誹謗中傷やアンチコメントは恐怖でしかない。アカウントやコンテンツの公開範囲を絞る、しばらく距離を置く、あるいはいっそやめてしまう、という解決手段も挙がるだろう。他方、自分のアカウントやコンテンツを大切に育てている人にとっては、なかなか避けづらい問題でもある。

 私も商業記事を書いたりコンテンツを作ったりしている一人であり、誹謗中傷やアンチコメントとも無縁ではない。そんなとき、次のような「言葉」に出会った。

●人間は「無視、賞賛、非難」という段階で試されている

 この言葉は、プロ野球界屈指の名選手であり、多くの野球ファンに愛された故・野村克也氏によるもので、『野村の流儀 人生の教えとなる257の言葉』(野村克也/ぴあ)に収められている。私も野村氏の現役野球選手としての活躍をリアルに知る世代ではないが、ヤクルトスワローズ、阪神タイガース、東北楽天ゴールデンイーグルスの監督としてチームを指揮する様を見てきた。自らを指して「王や長嶋はヒマワリ。私は日本海の海辺に咲く月見草」と公言したとおり、氏は人生の2番手をひた歩いたというが、選手としてももちろんだが監督としても華々しい成績を残し、なにより、ウィットに富んだ“ボヤキ”が多くのファンに愛された。

advertisement

 さて、前置きが長くなったが、本書は野村氏の価値観や哲学がにじみ出る名言が数多く収められており、2008年の出版以来、多くの“仕事に悩む人”“や”人間関係に気疲れしている人”、そして“一歩を踏み出せない人”などに広く読まれ、支持を受けてきた。

 先にご紹介した『人間は「無視、賞賛、非難」という段階で試されている』という言葉は、本書の第7章「こだわりの哲学」に収録されている。

 本書で、野村氏はこの言葉を、次のように解説している。

「人間にとって一番辛いのは周りから無視されることだが、私は“称賛されている間はプロじゃないよ”と言う。周りから非難ごうごう浴びるようになって初めてプロだ」

 つまり、いずれの分野や業種でも、プロになっていく過程で、まずは誰からの反応もなく「無視」され、次第に一部のユーザーから「称賛」を浴びるようになり、アカウントやコンテンツが育ち自分の影響力が大きくなってくると嫉妬ややっかみも相まってどこからともなく「非難」が飛んでくるようになる。これに耐え続けると同時に称賛してくれるファンも増えていき、非難の比率は縮小していく、といった理解になるだろうか。

 もちろん、これは“プロ”の視点に立った“プロ”向けの言葉であり、私たち一般人がこれをそのまま受け入れるのは程度が高すぎるかもしれない。しかし、決して器用でなく、恵まれた環境で育ったわけでもないとされる野村氏がプロ中のプロとして認められることとなった片鱗の表れでもあるこの言葉は、私たちに一定の示唆と勇気を与えてくれるように思える。もし、誹謗中傷やアンチコメントを避けられないものとするのであれば、アカウントやコンテンツがいっそう大きく成長するための「非難」として前向きに受け取れば、恐れが軽減されるように思うのだ。

 本書はこの他、「プロとは何か」「リーダーとはどうあるべきか」「組織のあり方」などビジネスやマネジメントに活かせそうな章や、先の「こだわりの哲学」のほか「人生をいかに生きるか」といった個人としての生き方に活かせそうな章などがあり、短い名言の数々から大きな気付きを得られることうけあいだ。悩みを抱える広い人々にふれてもらいたい。

文=ルートつつみ(@root223

あわせて読みたい