24年1月~ドラマ化!大学病院の闇を描いた知念実希人氏のミステリー小説『となりのナースエイド』。院内のヒエラルキーに悩むナースエイドが抱える秘密とは?

文芸・カルチャー

公開日:2023/12/8

となりのナースエイド
となりのナースエイド』(知念実希人/KADOKAWA)

 どのような職場にも、ヒエラルキーは存在する。特に「病院」という仕事場においては、上下関係が顕著であろう。医師の言うことは絶対で、看護師は医師に逆らえない。それと等しく、看護師の助手を務めるナースエイドは、看護師に逆らえない。知念実希人氏によるミステリー小説『となりのナースエイド』(KADOKAWA)は、病院内のヒエラルキーに葛藤を抱えながらも、患者のために奮闘するナースエイド・桜庭澪を主人公として物語が進んでいく。

 澪は、あるトラウマからPTSDを発症し、数ヶ月の間休職していた。その後、知り合いの紹介により、一流の外科手術チームが揃う大学病院でナースエイドとして働くこととなる。自分の人生をやり直すべく患者に寄り添う日々を送る澪。しかし、ナースエイドを見下して罵声を浴びせる看護師や、意見に耳を貸そうともしない医師たちの存在に、張り切っていた心は日増しに削られていく。

 そんな折、澪にある転機が訪れた。澪の担当患者が、手術当日に異変を訴えたのである。澪はそのことを必死に伝えたが、病棟担当医は聞く耳を持たず、澪を追い払った。諦めかけた澪だったが、患者を救いたい一心で手術室に飛び込み、執刀医の竜崎に患者の異変を訴える。執刀医の竜崎は、日本国内でも有数の腕を誇る一流外科医だった。腕はたしかだが、冷徹で非情な人間。それが、澪にとっての竜崎の印象だった。「感情は不純物」と言い切り、「医療の究極目標は、知識と技術により疾患を治癒させること」と考える竜崎は、徹底して合理的判断を是とする医師であった。しかし、だからこそ竜崎は、澪の声に耳を傾けた。

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“ナースエイドは、俺たち医師より、看護師よりも、患者の身近にいる存在だ。(中略)そのナースエイドが『いつもと患者の様子が違う』と言うならば、それは耳を傾けるべき『データ』に他ならない。”

 アプローチや考え方こそ違えど、「患者の命を救いたい」と願う気持ちは、竜崎も澪も同じだった。結果、澪の進言に従い患者の検査を行ったところ、解離性大動脈瘤が発見された。予定通りの手術を強行していれば、患者は間違いなく命を落としていた。このことをきっかけとして、澪と竜崎は接点を持つ。また、偶然にも二人は同じアパートの隣人であったことが後に判明する。

 何気ないやり取りの中で、竜崎は澪が抱える重大な秘密に気づく。その秘密は、澪のトラウマに起因していた。秘密に気づかれ、落ち着かない気持ちのまま日々を過ごす澪に追い打ちをかけるように、澪の自宅に空き巣が入る事件が起きた。通帳などの金目のものが奪われていないのに対し、部屋中をひっくり返したような荒らされ方に矛盾を感じた警察は、「明らかに目的をもって侵入し、なにかを必死に探した形跡がある」と澪に告げた。そして、澪の自宅に空き巣が入ったことを知り、ある人物が尋ねてきた。今は亡き澪の姉の恋人・橘信也である。

 澪の姉・唯は、通称「シムネス」と呼ばれる奇病を患っていた。唯は病院の屋上から転落死しており、警察に「自殺」と断定された。だが、澪の自宅が荒らされたことを聞きつけた橘は、澪にこう言い切った。

“「あれは自殺なんかじゃない。唯は……殺されたんだ」”

 唯は生前、ジャーナリストを生業としていた。「何かしらのネタを摑んだために狙われた」という橘の言葉を聞いた澪は、真相究明のため犯人探しに乗り出す。だが、それは多くの裏切りを味わう過酷な道のりだった。

 澪の姉の死の真相、竜崎の過去、澪の秘密。複雑に絡まり合った糸が少しずつ解き明かされていく過程で、澪は変容と成長を遂げる。その姿に、私は人間が持つ底力とかすかな希望を見た。本書は、謎解きミステリーと掛け合わせる形で、医療のあり方、命そのものの尊さが誠実に描かれている。患者への寄り添いを第一とする澪。鍛錬に裏付けされた技術と知識こそがすべてとする竜崎。真反対の人間同士が同じ目的地に向かってひた走る様は、読む者の胸を熱くさせる。

 命を救う「医療現場」を舞台に描かれた物語の結末は、思いもよらぬ展開で幕を閉じる。エピローグにたどり着いた時、私の胸に去来したのは高揚と一抹の寂しさであった。またいつか、この人物たちに会いたい。そう思いながら、読後、己の鼓動に耳を済ませた。ドクドクと脈打っている。生きている。それが当たり前ではないことを、私はいつも忘れてしまう。忘れてはならないのだと、諭されたような気がした。風変わりな医師と、情に厚いナースエイドに。

文=碧月はる

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