義母の手作りのお菓子に時々髪の毛が混入していることを伝えたい。代わりに手紙を書いて思いを伝える代書屋の物語

文芸・カルチャー

更新日:2024/2/1

椿ノ恋文
椿ノ恋文』(小川糸/幻冬舎)

 想いを伝えるために大事なのは、相手がなにを言ってほしいか、言われたくないかを汲みとることなのかもしれない。どれだけ言葉を尽くしてもわかりあうどころか、遠ざかってしまうように感じられるのは、目の前にいるその人を見ないで、自分の心の内側ばかり見つめているせいかもしれない。そんなことを、小川糸さんの小説『椿ノ恋文』(幻冬舎)を読んで、しみじみ感じた。

 本作は、文具店の店主であり代書屋でもある主人公・鳩子の物語。『ツバキ文具店』『キラキラ共和国』に続くシリーズ3作目だが、前2作を読んでいない人も、安心して手にとってほしい。シリーズものと気づかず、最初に『椿ノ恋文』を読んだ私も、すっかり物語に魅了されてしまった。今作では、鳩子にとって義理の娘(夫の連れ子)であるQPちゃんの反抗期や、先代の代書屋で厳格なる鳩子の亡き祖母の秘めたる恋が描かれるため、家族がどのような道のりで今に至ったか知りたくなって、あとから前2作を一気に読んでしまったが、そういう順番の自由を許してくれる、懐の深い作品でもある。

 代書屋への依頼はさまざまだ。手作りのお菓子をプレゼントしてくれる義理の母に、ときどき髪の毛が混入していることを伝えたい。娘の結婚式に生きて出席することが叶いそうもないから、生まれて初めての手紙を残してやりたい。通販で商品を買ってくれたお客様にリピートしたくなるような、広告宣伝がわりの手紙をつけたい。――読みながら、自分ならどんな手紙を書くだろう、と考える。

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 怒らせたり傷つけたりしないよう、うっとうしいと思われないよう、ちょうどいい言葉を届けるなんて、身近な人を相手にしてもできそうもない。もっとも、依頼者もそう思うからこそ「かわりに書いて!」とやってくるのだが、鳩子とて、プロだからといってサクサク書けるわけじゃない。彼女が、いつも人の心を打つ手紙を代筆することができるのは、筆跡を真似できるから、言葉の表現がうつくしいから、ではなくて、毎回、依頼者と同じかそれ以上に悩み、手紙を出す人と受け取る人、双方がなにを望んでいるかを汲みとろうとしているからなんじゃないだろうか。

 正しい指摘を、直球でぶつけられて喜ぶ人もいれば、さりげなく誘導してほしい人もいる。コミュニケーションとは、言葉を使って心をかよいあわせること。つまり、自分の言いたいことを言いたいように言ってもだめで、相手によって言葉の選び方も、作法も、変えなくてはいけないのだ。とても面倒くさいけど、でも、その積み重ねで人は、思いがけない他者の一面に触れたり、自分の感情を引き出されたりして、営みを豊かにしていくのだろうな、と思う。

 亡き祖母の恋を追って、鳩子はやがて伊豆大島へとたどりつく。定期的に噴火して、植物の世界が一掃されながらも、何度でも芽吹き続けるその島で、鳩子は、しなやかな強さを手に入れる。どんなにままならなくても、ときに破綻することがあっても、誰かとともに生きることをあきらめたくない。そのために言葉を伝えることも、手放したくない。読み終えたあとの私たちもまた、その強さを手に入れている。

文=立花もも

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