夫婦になってから始まる恋の行方は? 戦後の京都を舞台に料亭再建を描く飯テロマンガ『ながたんと青と-いちかの料理帖-』

マンガ

公開日:2024/1/16

ながたんと青と-いちかの料理帖-
ながたんと青と-いちかの料理帖-』(磯谷友紀/講談社)

 恋をして、結婚をする。当たり前のようだが一昔前までは、会ったこともない者同士がお互いの家の都合で結婚する、なんてことはざらにあった。今では珍しいことになったが、いいこともある。夫婦になった後で恋を始めることができるからだ。

 2023年にドラマ化されて話題となった『ながたんと青と-いちかの料理帖-』(磯谷友紀/講談社)は、戦後の京都で料亭を立て直すマンガであり、夫婦の恋物語でもある。

 物語は第二次世界大戦が終わって復興が進み、サンフランシスコ平和条約が調印された昭和26年に始まる。主人公は桑乃木いち日(くわのきいちか)。京都の歴史ある料亭「桑乃木」の長女である。彼女は夫を戦争で亡くしたが、明るく強気な性格で何とか立ち直って生きていた。今は料理人としてホテルに勤めている。いち日の目下の悩みは、戦後の復興が進んだ今もなお「桑乃木」の経営状態が悪いままであることだった。

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 そんななか桑乃木家は、店を立て直す資金を提供してもらうため、大阪でホテル経営をしている山口家から婿を迎えることに――。

年の差夫婦が老舗料亭の経営再建を目指す“飯テロ”マンガ

 山口家の三男・周(あまね)と結婚する予定だったのは、いち日の妹・ふた葉。だが彼女は姿を消してしまう。ふた葉は密かに愛を育んでいた「桑乃木」の料理人と駆け落ちしてしまったのだ。それでも桑乃木家(の実質的なオーナーである伯母)は、山口家の援助目当てで、いち日を代わりの結婚相手にする。

 いち日は大きく戸惑う。急に再婚させられるからだけではない。彼女は34歳の未亡人で、婿になる周は19歳の大学生だったからだ。それでも家の長子としての責任感からか、結婚を決める。一方結婚相手の周は、妻がはるか年上の後家に変わったにもかかわらず、意に介さない様子で「桑乃木のために働く」と言ってきた。彼は感情を表に出さず、若いのに落ち着きがある青年であった。

 そんな周に、いち日は料理をふるまう。その味は冷静な周の表情を崩した。「あなたが桑乃木の料理長をするべきだ」と彼は言う。女が料理長なんて、といち日は言うが、周は「今は戦後であり時代は変わっている」「あなたが料理をするのなら、僕がこの店を立て直します」と言ってきた。

 いち日もある程度予想はできていたことだが、山口家は自分たちが京都へ進出するための足掛かりとして「桑乃木」をのっとるつもりだった。ただ周には別の思惑があった。彼は今回の結婚で道具のように扱われた商家の三男坊で、表には出さないが実家に反発していた。実は自分の手で「桑乃木」を立て直してみせたかったのである。若い周は、先進的な考えを持っていた。女性のいち日を料亭の料理長にするのもそうだが、伝統的な料亭の料理に西洋の料理を組み合わせたり、店の知名度を上げるための広報を意識したり、家庭の台所に立って料理を行い、いち日を驚かせた。

 最初、いち日は彼を信用していなかった。ただ「桑乃木」の料理長になる覚悟は決める。実家の料亭には思い入れがあるし、何より彼女は料理が好きで、人が美味しそうに食べている姿も好きだったのだ。ふたりは経営側と料理担当として、また年の差はあるが夫婦として「桑乃木」を再建していく。

 立ち直り、前向きになるしかない“戦後”という時代に、いち日を含めてパワフルで元気な人々が未来へ進んでいく物語。ストーリーはもちろん魅力的だが、本作の魅力のひとつが、しっかりしたレシピ付きで描かれていく料理の数々だ。

「桑乃木」再建の過程で、いち日がつくる料理は食欲をそそるものばかり。「トリュフ風味のオムレット」「鯛の骨せんべいとお茶漬け」「ハンブルグ・ステーキ梅ソースがけ」「錦糸卵としいたけのたいたんのせ冷や麦」「加茂なすと鶏の南蛮漬け」などなど書ききれない……。ホテルメニュー、料亭で出される食事、家庭料理、いずれも華やかで美しい。白黒ページであっても色彩豊かに感じるほどだ。また、いち日自身もよく食べ、よく呑むのもいい。読んでいてお腹が空いてくる“飯テロ”マンガでもあるのだ。

結婚してから落ちる恋のきっかけは……料理?

 そして見逃せないのが、いち日と周の関係である。最初にふたりは、好きな相手がいるとお互いに言い合う。いち日が言うのは亡き夫のことだ(この時点で周が好きな相手は作中で確かめてみてほしい)。ふたりは寝室も別にして、まるでビジネスパートナーでしかないような夫婦になる。

 いち日は彼を「実家の料亭を狙う家の人間」で「何を考えているか分からない若い男の子」だと距離を置こうとしていた。周はそもそも京都人を好きではなかった。しかし「桑乃木」の再建という同じ目的のために協力していくなかで、ふたりの距離は近づいていく。ポイントは料理である。胃袋を掴む、ではないが、いち日はクールで生意気な周が、おいしそうに食べるところ、そして味には正直なところを「かわいい」と思ってしまう。では周はどう彼女に好意を持つようになるのか。彼らが恋に落ちるタイミングを見逃さないでほしい。

 夫婦になってから始まるじれったい恋。いち日と周は、結婚したからこそ出会えたのだ。本稿の筆者は、とにかく単行本4巻まで読むのをおすすめしたい。間違いなく続きが気になってしまうはずだ。

 作者の磯谷友紀氏が描きたかったという“戦後”。この時代とともに、変わっていく登場人物たちを描く物語を味わってみてほしい。ただ読むと必ずお腹が空くことは覚悟して。

文=古林恭

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