妻から別れを告げられた、仕事優先&家事能力ゼロの男が“生活のための家事”を教える学校に通った結果…!?

文芸・カルチャー

PR公開日:2024/4/3

山の上の家事学校"
山の上の家事学校』(中央公論新社)

 仕事でクタクタになって家に帰って、部屋がすっかり汚部屋になっているのも見なかったことにしてコンビニ弁当を食べる――こんな経験、あなたにもないだろうか? 一人暮らしをして初めてわかることは、いかに誰かに依存していたかということ。朝起きればご飯やお弁当ができていて、洗いたての服も当たり前で部屋もいつもキレイ…そんな快適な暮らしは「誰か」が、「家事」と呼ばれる一連の労働をしてくれなければ成り立たない。家事こそ暮らしの土台となる大切なものなのだが、はっきりした対価もなく可視化もされにくい。そしてその大変さは、やっぱり経験してみないとなかなかわからない!

 人気作家の近藤史恵さんの新刊『山の上の家事学校』(中央公論新社)は、そんな「家事」を通じて、思わず自分の生き方を振り返ってしまう一冊。いかに固定観念や思い込みを持っていたか、「何もやらなくても生活できること」に対してなんと無自覚だったか――妻に離婚され、家事能力ゼロで生活が荒みきっていた中年男性が、「家事」ができるようになって少しずつ前向きに変化していく姿を通して、そんな大切なことに気づかせてくれる物語だ。

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 政治部記者としての仕事の忙しさにかまけ、家のことは全て妻に任せきりだった幸彦(43)は、ある日突然、妻と娘に家を出ていかれてしまう。残されていたのは、捺印された離婚届と1年前からの幸彦の行動を記したレポート(約束を守らない、家事をやらない、育児に非協力…etc.)。妻の深い怒りを理解した幸彦は離婚を承諾するが、その後の生活は荒む一方に。ゴミを出し忘れたカビ臭い匂いが漂う部屋、敷きっぱなしの布団…「仕方ない」と心では思っても、このままの暮らしが続いたら一人娘にも嫌われてしまうかも…そんな不安を抱えた幸彦は、妹に勧められた「男性たちだけに生活のための家事を教える」という「山之上家事学校」に通うことに。

 学校で教わるのは洗濯や掃除、料理といった家事全般で、ボタン付けやアイロンがけなどの細かいことも含め、いずれも「家庭科」の教科書で習ったような一般的な内容だ。難易度の高いものではないが、思った以上に手がかかるものもあり、幸彦も自ら手を動かして初めてそれを実感する。義務教育で男女共に「家庭科」は勉強することになってはいるけれど、やはり本当に身に付けるためには「当事者意識」が不可欠なのだろう。学友は70代から20代までと幅広く、結婚前に家事ができるようになりたい、家族の介護のため、進学で一人暮らしなど理由もさまざまだが、各々の生活に直結するからこそ、学び直す家事が各自にとって「生きた学び」になっているのだ。

 自分でできる家事が増えると、生活のクオリティが上がって人生が楽しくなる。地味に見えがちだが、幸彦の前向きな変化には家事にそんな力があることを教えてくれる。もっと早く気がつけよ…と元妻にはツッコミたい気持ちもあろうが、それでも彼の人間的な変化や、周囲との関係も次第によくなっていくのは読んでいて気持ちがいいし、真摯に自分の課題に向き合う仲間たちの姿にも好感が持てる。

 おそらく忙しすぎて「生活」を後回しにしている人には、この本はきっといい刺激になることだろう。考えてみれば、家事は生きることの「土台」になる必要不可欠なもの。それを「ちゃんとやる」と幸せになるなんて、タイムパフォーマンス的にも最高!なのだから。

文=荒井理恵

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