『エッチなお仕事なぜいけないの?』――中村うさぎが風俗嬢から学者までと考える“売春の是非”

ライフスタイル

2017/10/18

『エッチなお仕事なぜいけないの?』(中村うさぎ/ポット出版プラス)

 10年以上前、私が障害者の支援団体の活動にボランティアとして携わっていた頃のこと、身体障害者の家族から性風俗店の相談を受けた。障害者でも利用できると広告に明記してあるお店の存在を知ってはいたけれど、行ったことの無い店を紹介するわけにいかず、他のメンバーに相談しても情報を得られなかったため、相手には役に立てないことをお詫びした。自分は生活の一部として自慰を当たり前のようにしていたくせに、食欲や睡眠欲などと並んで人間の三大欲求のうちの一つに数えられる性欲については考えもしなかったことを恥ずかしく思い会議に議題として出してみると、性欲は生活とは直接関係無いからとでもいうように黙殺された。それから後の2008年に、「障害者の性」問題を解決するための非営利団体「ホワイトハンズ」が設立されたと報じる新聞記事を読んだ頃には、別な理由もあり活動からは離れていて私の関心も薄れてしまっていた。

 エッセイストの中村うさぎが編集した『エッチなお仕事なぜいけないの?』(中村うさぎ/ポット出版プラス)には、「ホワイトハンズ」の設立者である坂爪真吾氏との対談も載っており、読みながら昔のことを懐かしく思い出した次第である。

 本書はクラウドファンディングにより制作費を募って、編者が自費出版したものだ。それだけに編集方針は明確に打ち出されていて、タイトルにもなっている素朴な疑問が全てである。編者によれば、この疑問に答えてもらうために売春について否定派の人たちに対談を依頼したものの、ことごとく断られてしまったという。編者自身も自分がよく知らない分野についてはコメントを断ることはあると前置きしたうえで、断ってきた人たちは自身の著作やインタビューなどでは発言しているため、「ご自分に都合のいい枠組みのなかでしか語りたくないという姿勢にも疑問を禁じ得ない」と述べているように、否定派で応じたのが元外務省主任分析官であり『性と国家』を著した佐藤優氏のみというのは残念なところ。ただし、自身が売春に反対する理由を「反対だから反対だという、一種の究極の感情論です」という佐藤氏が、対談を断った人に関して「同じ作家として書いたものに対する疑問や反論に受け答えていった方がいいと思う」と述べていたのは象徴的だろう。感情論なら、それはもう個人の問題だから仕方のないことであるが、理論体系を持っていたり理屈付けをしていたりする人というのは、得てして持論を論破されることを恐れるからだ。

 例えば、デリヘル嬢を経験している実体験主義の編者は、売春によって魂が穢れるという考え方について、作家でもある自身は原稿を意に沿わない形に書き直されることこそが屈辱で、デリヘルとして男性客にサービスすることでは魂は穢れないと述べている。また、売春が男性による性の搾取というのなら、男性が性を売る場合はどうなのかという対比を提示していた。むしろ売春を仕事として考えれば、そこで懸念される精神的負担や肉体的危険は他の業種と変わるところは無く、社会的な保障や安全対策が乏しいことこそが問題だと提起している。なにより、「女性の解放」を標榜するはずのフェミニストが女性の職業選択の自由を制限することへの違和感は、私も同感である。

 やはり反対派の意見が少ないのは残念だが、本書では風俗嬢との座談会の他に、先の坂爪氏のように「売春」を「福祉」の枠で語ったり、生殖の関わらないゲイの立場から「性の在り方」を語る伏見憲明氏との対談など、これほど多角的な視点があるのかと気づかされたのは僥倖だった。編者が「あなたが自分を見捨てない限り、あなたの生きる権利と自由は誰にも阻害されるべきではない」と云っているように、自分が不快だと思うモノの存在を否定する者は自己の存在も否定されるのだと覚悟しなければならないのだ。

文=清水銀嶺