国際社会で恥をかかないために、日本人が知っておくべき装いのマナー

社会

2018/1/19

『NYとワシントンのアメリカ人がクスリと笑う日本人の洋服と仕草』(安積陽子/講談社)

 欅坂46の衣装がナチスの軍服に似ていると世界規模で炎上したのは記憶に新しい。さらには先日、『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで! 大晦日年越しSP絶対に笑ってはいけないアメリカンポリス24時!』では浜田雅功氏がエディ・マーフィの扮装で顔を黒塗りにしたことも物議をかもしている。どちらに対しても「別にいいじゃん」「差別意識はないんだから」と擁護する声も多いが、そんなつもりがあろうがなかろうが、こうした“表現”が世界で顰蹙を買い、日本に対する評価を下げてしまうのは事実。ではいったい、何が問題なのか? それを知るための一助となるのが『NYとワシントンのアメリカ人がクスリと笑う日本人の洋服と仕草』(安積陽子/講談社)である。

 本書の著者・安積陽子さんは「日本ほど豊かで成熟した国はない」としたうえで、日本人が無頓着な装いやしぐさのひとつひとつがどれほどのマイナスをもたらしているかを語っている。

 たとえばスーツの着方。肩のフィット感からジャケットの丈、袖の長さ。身体にあわないスーツを着ているせいで、貫禄やイメージを損ねている人が、日本では政治家のなかにも少なくないという。社交場で注目されるのは、正面よりも背中。サイズがあっていないとシルエットは如実にみすぼらしくなり、いかに高価なタイピンやネクタイで装飾していても無意味なのだ。もちろんスーツにかけられるお金は人それぞれ。大事なのは値段ではなく、身体にあったスーツをお店で試着して買うかどうかだ。目安は月収の2割。何年も着ることを想定して、目先の出費に惑わされないでほしいと著者はいう。

 そしてもちろん、足元に気を配るのも大事だ。たとえば安倍首相は、せっかく仕立てのいいスーツを身にまとっているのに、要人との会談でローファーを着用していたそう。ローファーは「怠け者」の意で、もともとはイギリス王室や上流階級の室内履き。どんなに高級でも、フォーマルな場にはそぐわない。ほかにも、スーツ着用時は座るときにボタンをはずし、立ち上がるときにさっと締めるのがマナーであるなど(ボタンをはずしたときだらしなく広がるようではそもそもサイズがあっていないのだとか)、日常で耳にすることのない常識がもりだくさんだ。

 だが装いに定評のあったオバマ元大統領でさえ、最初は失笑を買うような失敗をしていたという。立場を得てはじめて装いを学ぶことの必要性を感じたというオバマ氏の発言には重みを感じる。だからといって伝統だけを守った古くさいファッションを踏襲しろというわけでは決してない。オバマ夫人は、社交場においては確信的だったノースリーブのワンピースを着たが非難されることはなく、むしろそのセンスを称賛された。だがそれは、彼女が基本のマナーをおさえていただけでなく、他国を訪れる際は必ずその国出身のデザイナーのつくった服を着用するなど、常に他者への敬意を忘れなかったからだと著者は語る。

 本書によれば、京セラ創業者の稲盛和夫氏も「外見は、その人のいちばん外側にある中身」だと述べているらしい。「奥深い内面があれば、当然、それは外見にも表れていなければならない」「装いはその人の価値観が如実に表れます」とも。人に不快な思いをさせぬよう振る舞うのは、ファッションに限らずコミュニケーションの基本だ。自分を正しく評価してもらうためにも、何より装いに気を配らねばならないのだと学ばされる一冊だった。

文=立花もも