人工生命体はすでに誕生している! 衝撃の最先端科学レポート

スポーツ・科学

2018/5/26

『合成生物学の衝撃』(須田桃子/文藝春秋)

 人間の手で造られたまったく新しい生物が、地球上に誕生しているとしたら――。SFのようだが、すでに起きた現実の話だ。

 カギは「合成生物学」。パソコン上でDNAを任意に設計し、新種の生物を合成する学問だ。ビル・ゲイツ氏をして「もっともホット」といわしめた分野のひとつであり、米国ではすでに大規模な産業化さえ進んでいる。

 長期の米国取材に基づいて、その最先端をレポートするのが『合成生物学の衝撃』(須田桃子/文藝春秋)だ。合成生物学がもたらす未来、倫理的課題における議論などが余すところなく盛り込まれ、科学ドキュメントとしても知的な興奮を盛り上げてくれる。

 生命とは、尊厳とは、さらには親子関係とは―。読み手によってさまざまな示唆を与えてくれる本書。いくつかポイントを紹介してみたい。

■ゲノム※の「解読」から「合成」、その新しさ

 実はヒトゲノムの「全解読=デジタルデータ化」は2003年に完了している。そして現在はその結果を受けての「合成」のフェイズにあるという。

 これまでにも、既存生物の遺伝子を「編集」する遺伝子組み換えなどは行われてきたが、合成生物学では、ゲームのコードのように一からゲノムを書いて新生物として機能させる。この部分が従来とはまったく異なる。

(※ゲノム:DNA内に記載されている遺伝情報。生命の設計図とも呼ばれる)

■そして生まれた人工生命体「ミニマル・セル」

 2016年、孤高の天才学者クレイグ・ベンター氏によって、世界初の人工生命体の誕生が発表された。遺伝子上、直結する「親」の存在しないこの微生物は、生存に必要な最小(ミニマル)のゲノムによって構成されていることから「ミニマル・セル」と名付けられた。しかしこの新たな生命は、社会的および倫理的な多くの課題をはらんでいた。

■人工生命の課題:その1 軍事利用について

 合成生物はさまざまな活用が可能だ。生産性の高い農作物やワクチンの生産。ひとつの生物種をまるごと改変する「遺伝子ドライブ」技術を用いれば害虫の撲滅などが期待できる。

 だがひとたび軍事利用されれば生物兵器の脅威は計り知れない。そして現在、合成生物学研究の最大のパトロンは米国防総省の機関であるDARPAである。要は、軍事機関だ。その研究投資額は2014年だけで1億1千万ドルにのぼるという。

■人工生命の課題:その2 生命倫理について

 ゲノム合成の対象は、現在のところ微生物にとどまっているが、将来の技術的には他の生物、そして究極的にはヒトゲノムの合成も不可能ではない。技術をどう展開するかは、それを運用する者の判断にかかっている。

 先に挙げたミニマル・セルの開発者ベンター氏と著者の会話を引用しよう。本書の終盤、著者は問う。

「多様な種の一つにすぎない私たち人類が、私たちだけの目的のために進化の担い手となり、他の種の生命の設計図を大胆に書き換えたり、新たな種を創造したりする権利があるのだろうか?」

 ベンター氏の回答はこうだ。

「私たちは単なる一つの種ではない。アリやハエと同等ではないのだ。私たちには、全く新しいものを創り出すことを可能にするだけの知性がある。従ってもちろん、私たちにはその権利があるのだ」

 学問がもたらす「事実」はひとつでも、解釈は無数に生まれる。両者の価値観の相違が重い。

■これからの私たち

 産業化を見据え、日本でも電通が「スマートセル・アンド・デザイン」という組織をすでに立ち上げるなど、未来はそこまで来ている。

 健全な未来のためにいま私たちがすべきこと。それは未知の脅威をむやみに否定するのではなく、まずは知り、冷静な議論を重ねていくことなのかもしれない。

文=桜倉麻子