女子中高生を淫らな「援助交際」に駆り立てた心の闇に迫る! 潜入ルポ

社会

2018/12/15

『援助交際 女子中高生の危険な放課後』(黒沼克史/文藝春秋)

「平成最後の…」というフレーズも、だんだん聞き飽きた感が否めなくなってきたような、そんな年の瀬。だがやっぱり、これから迎えるのは平成最後の年末となる。バブル崩壊に追い打ちをかけるように、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件…から幕を開け、しばしば「混沌の時代」と評されてきた平成。しかし、一口に混沌と言っても実にさまざまな構成要因となる事件や社会現象があった。

 今や死語と化しつつある「おやじ狩り」が流行語となったのは、1996年(平成8年)のことだった。それまではいわゆる強者だと思われていた大人の男性を狙ったのは、少年少女たち。未成年の風俗の乱れが注目され始めた時代だ。その年の流行語大賞には「援助交際」もノミネートされている。“ケイタイ”や“ポケベル”が登場してあっという間に普及し、未成年が容易に親の目を盗んで社会の闇の部分にコネクトできる時代が幕を開けた。

 本稿では、そんな「ひとつの混沌の幕開け」を振り返るべく、テレクラ最盛期に話題を巻き起こした潜入ルポ『援助交際 女子中高生の危険な放課後』(黒沼克史/文藝春秋/1996年初版)をご紹介したい。

 本書は、『週刊文春』で1996年5~6月に連載されたノンフィクションだ。テレクラ、伝言ダイヤル、デートクラブに潜入した著者がその実態と関わる人々を探り、そこで出会った女子中高生たちのナマの声を紹介している。

 本書を開いてまず驚くのは、無分別なオジサンたちにとって「渋谷で未成年と会ってヤる」ことのハードルとリスクが、現在考えるよりも格段に低いという点だった。今でも未成年淫行や買売春は大きな社会問題であることには変わりないが、本書に描かれる20年前の乱れ具合と比べると、警察組織による摘発と取締の努力、そして啓蒙を素直に認めたくなる。

 本書を読み進めていくと、少女たちが「ウリ」たがる理由や、売買の相場、そこから派生する病気や妊娠、そして何よりも犯罪といった、援助交際につながるリスクとの接点が生々しく見えてくる。また、そういった事実関係の裏側にある彼女たちの満たされなさや、彼女たちを取り巻く大人たちの未熟さや狡さが浮き彫りになるのだ。

 平成初期の日本は、今よりもまだまだ「元気があって、浮かれていた」と語られることもあるが、その陰に潜んでいたものは残酷だ。

 本書10章の「お嬢様たちのとんでもない放課後」でのインタビューは、特に筆者の心に残った。女子中高生の未熟さや弱さにつけこんで犯罪行為をするオジサンたちに対する著者の見解は、当時から今も変わらぬ性の問題の根本を語っているように思えて仕方がない。最後にその部分を引用して、「援助交際」というひとつの混沌の振り返りを締めたい。

無分別な女子中高生を量産しているのは、彼女たちより数倍無分別な大人らしい。(中略)このオジサンたちはたぶん、お金さえ出せば性的な魅力や人間的な魅力を問わずにHをする女子高生にしか性をアピールできない人たちなのだ。そして、根っからのロリコンでもないのにロリコンという言葉にすがっている。つまりは未成熟な大人たちなのだが、それゆえにお金を目的としている女子中高生と条件がぴったり折り合ってしまう。(本書173頁)

文=K(稲)