【2020年本屋大賞ノミネート】ふたりは再会してはいけなかった…? 世間が反対しても、そばにいたい。新たな“つながり”と”断絶”を描く『流浪の月』

文芸・カルチャー

2020/2/15

『流浪の月』(凪良ゆう/東京創元社)

 私が小説を読むのが好きなのは、普段の私の退屈極まりない日常の外には、実はもっと広々とした、自由で、豊かで、美しい世界が広がっているかもしれない、と思い込ませてくれるからだ。

 たとえば、凪良ゆう著『流浪の月』(東京創元社)は、手始めに、アイスクリームを夜ご飯にする、という無邪気な提案をしてくれた。いつも栄養面からレシピを考えてしまう生真面目な私には甘美な響きだった。

 しかし、私は読み終わった日の翌日(正確には、読み終わったのは明け方の4時だったから、当日)の夜、アイスを食べる気には到底なれなかった。その物語が全体で訴えかけるものはあまりに激しく、すっかり心をかき乱されてしまった私は、しばらく何も考えられないまま数日を過ごした。これは余韻ではない。衝撃だ。

 先日、2020年本屋大賞に当作品がノミネートされたと聞いた。当然だ、と思った。それだけこの作品のもつエネルギーは凄まじい。しかし、ではこの作品の「何が凄まじいのか」を説明するためには、そのあらすじを紹介する必要があり、そして、あらすじを紹介してしまうと最早ネタバレレベルに本質へと迫ってしまうため、難しい。

 初読のハッとするような快感を削ってしまうのは望んでいないので、ここではあえて大雑把に書きたいと思う(これは手抜きでは決してないのだ)。

 主人公は、家内更紗というひとりの少女だ。彼女は小学生の頃に、大学生の青年によって、“誘拐され、約2カ月彼の家に「監禁」された事件”によって、世間で一躍有名人になってしまう。この作品は、そんな彼女の半生を描いた物語である。

 この雑なあらすじを読み、どんな物語か想像するのは自由である。

 おそらくあまりに言葉足らずだから、「ロリコン男に虐められた可哀想な女の子の話」だと思う人も多いだろう。もしくは「監禁されたことで男に恋愛感情が生まれた少女とのラブロマンス」を想像する人もいるかもしれない。もし、一瞬でもそう思ったのなら、ぜひこの作品を手に取ってほしい。この作品には、あらすじだけでは、自身の偏見から想像以上に脱け出せない世界が広がっているから。

 といっても、これでは流石に不親切なレビューで終わってしまうので、ここで作品の一節を引用する形で、この作品の“一面”を知ってもらいたいと思う。

 これは、主人公の更紗が、近所の公園で「ロリコンだ」と悪口を言われていた青年(佐伯文)に対して感じた内心の言葉だ(彼女は、もともと奔放な家庭で育っていたせいか、とても考え方が柔軟である)。

文は大人なのに、わたしたちみたいな小さな女の子が好きなのだ。
なにかされたわけでもないのに、みんな文を気持ち悪がっていた。見てるだけなのに、なんにもしていないのに、ただそこにいるだけで気持ち悪がられるのがロリコンというものだ。ロリコンは重大な罪とされていて、必死で隠し通さねばならない秘密だ。

 この作品は6章からなり、彼女の視点が中心になりながらも、時折彼の視点にも切り替わる。ふたりの視点を行き交いながら、彼らの心の距離感や、不可思議な関係性が浮かび上がる。

 私の読後の感想をひと言で言えば、「これほど人はわかり合えないものか」に尽きた。この作品は、丁寧に、とても丁寧に、人と人の交わりきらない断絶を描き続けているように感じた。

 そして終始「わかってもらうつもりはない」と、読者をも突き放しているような気分があった。

 誰からも理解されない、理解してもらうつもりもない、誤解と偏見でまみれたこの世界で生きる主人公は、一見「孤独」だろう。しかし、その孤独を、これでもかというほどに「幸福」な筆致で著者は描き切った。この作品は、あまりにも冷たく、それでいて不思議と私たちの心を解きほぐし、軽くする。

文=園田もなか