美しく生きるとは何か? “時代小説界の新星”が描く男の生きざまに心が洗われる! 第165回直木賞候補作『高瀬庄左衛門御留書』
更新日:2021/7/13
人間は記憶の生き物であり、目にうつるものについつい思い出を重ねてしまう。年を重ねればなおさらのこと。だが、過去を振り返るたびに心に宿る後悔とはどう向き合えば良いのだろう。考えても無駄だと分かっても悔悟の念は募る一方。迷いばかりの毎日に、つくづく年は取りたくないものだと思ってしまう。
だが、『高瀬庄左衛門御留書』(講談社)を読むと、年を取ることも決して悪いことではないように思えてきた。第165回直木賞候補作、第134回山本周五郎賞候補作に選ばれたこの正統派時代小説は、生きることの喜び、悲しみ、諦め、希望をすべて飲み込んだような快作。
作者の砂原浩太朗氏は、2018年、『いのちがけ 加賀百万石の礎』で単行本デビュー。本作は2作目の作品だというが、この本をひとたび開けば、砂原浩太朗氏がこれからの歴史小説をリードしていく存在となることは疑いようがない。藤沢周平、乙川優三郎、葉室麟など、偉大な歴史小説家たちにも引けを取らない心揺さぶる物語展開。日本人であることを誇りたくなるような美しい文体で紡がれた物語は、静謐なようで力強く、すっと心に染み渡ってくる。
時は、江戸時代。十万石の神山藩で郡方を務める高瀬庄左衛門は、50を前にして長年連れ添った妻を亡くし、息子の啓一郎夫婦と慎ましく暮らしていた。しかし、郷村廻りのさなか、不慮の事故で啓一郎までもが命を落とすことになる。妻も息子も失い、ただ侘しく老いてゆく身。息子の嫁・志穂を実家に帰し、小者にも暇を言い渡した庄左衛門は、寂寥の中、独り手慰みに絵を描きながら日々を過ごそうとしていた。だが、実家に身の置き場のない志穂は、「絵を習いたい」と弟を連れてたびたび庄左衛門のもとを訪ねてくるようになる。そして、その関わり合いを契機に、庄左衛門はいつの間にか神山藩の政争に巻き込まれていくことになるのだ。
一人朽ちていくことを決意したはずの庄左衛門を待ち受けていたのは、多くの人との出会いだった。昔の朋友や、かつてはかない恋慕を抱いた女との再会もあれば、思いがけない相手との出会いもある。たとえば、目付役・立花監物の弟・弦之助との出会いは、庄左衛門の心を大きく乱していく。弦之助は、かつて庄左衛門の息子・啓一郎と、藩校の講義を受け持つ助教の職を争い、その座についた人物。目付役三百石という恵まれた家に生まれ、抜きん出た俊秀で、おまけに容姿すら人目を惹くほど際立った弦之助の存在は、庄左衛門の心を波立たせる。理不尽な世への怒り、嫉妬の情など、長い間蓋をしてきたはずの気持ちに庄左衛門は気付かされるのだ。だが、弦之助の悲しい過去を知るにつれ、また、あらゆる事件に巻き込まれていく中で、庄左衛門はそんな自分を見つめ直していく。
「人などと申すは、しょせん生きているだけで誰かの妨げとなるもの。されど、ときには助けとなることもできましょう……均して平らなら、それで上等」
「選んだ以外の生き方があった、とは思わぬことだ」
いくら不利益を被ったとしても、ただ正しいと信じた道を歩んでいく。庄左衛門の台詞に何度ハッとさせられたことか。次第に変化していく庄左衛門の姿をみていると、心に溜まった澱がかき消されていくような心持ちがする。
美しく生きるとは何か。誇りをもつとは何か。この本を読むと、モヤモヤと悩んできた思いが晴れていく。後悔ばかりの人生に悩むあなたの心を救うに違いない魂の物語。
文=アサトーミナミ
レビューカテゴリーの最新記事
今月のダ・ヴィンチ
ダ・ヴィンチ 2024年5月号 私の『名探偵コナン』履歴書/『ダ・ヴィンチ』創刊30周年
特集1 祝・連載30周年! 私の『名探偵コナン』履歴書/特集2 雑誌不況の“荒波”を乗り切れるか!? 『ダ・ヴィンチ』創刊30周年 他...
2024年4月6日発売 価格 850円
人気記事
-
1
-
2
-
3
-
4
-
5
人気記事をもっとみる
新着記事
-
連載
誰かに監視されてる…? 事故物件のマンションの一階で感じた謎の視線/ボクんち事故物件 5軒目⑥
-
連載
元同僚の親友は“雲王子”の素顔を知るひとり。歯に衣着せぬ新米研究助手の態度を見て…?/BLUE MOMENT1⑨
-
特集『絵本ナビ』
おかずたちの思いやりがとってもかわいい『おかずたちのおでかけ』作者のさとうめぐみさんにインタビュー(ひかりのくに) (ひかりのくに)
-
連載
面倒だと思ってた同僚が猫カフェの常連…意外と可愛いところもある?/おじさんはカワイイものがお好き。⑧
-
連載
移民の夢を食べるブローカー。コックたちが目指したのは「脱ネパール」/カレー移民の謎 日本を制覇する「インネパ」⑥
今日のオススメ
-
レビュー
「半沢直樹」シリーズ 池井戸潤が「箱根駅伝」を描いたら?選手たちと、中継担当のテレビマンの苦闘と挑戦の物語
PR -
インタビュー・対談
ミステリー作家・東川篤哉の新作は「トリックアイデアの在庫一掃セール」。オカルト要素を入れるのに苦戦したと語る、『博士はオカルトを信じない』発売記念インタビュー
PR -
レビュー
パジャマパーティーや花札大会… 日常を楽しむマダムたちのハッピーなルームシェアライフ
-
レビュー
リサリサを主人公にした「ジョジョ」外伝小説。第2部「戦闘潮流」から35年後の世界を描く、〈スタンド〉の起源
PR -
レビュー
『地球の歩き方』×『ムー』コラボ第2弾。縄文・古墳・UFO・妖怪・鬼…神秘と不思議の国“ニッポン”を旅する
電子書店コミック売上ランキング
-
Amazonコミック売上トップ3
Amazonランキングの続きはこちら -
楽天Koboコミック売上トップ3
楽天ランキングの続きはこちら