ゲーム『MOTHER』に影響を与えたスティーブン・キングの小説とは?糸井重里が人生に深く関わる3冊を語る【私の愛読書】

文芸・カルチャー

更新日:2022/11/7

糸井重里

 人に「愛読書」を教えてもらうのは、おもしろい。

 お気に入りの本について聞くことで、その人の思わぬ一面を知ることがある。オススメされた本が、普段の自分では手に取らないような一冊との出会いになることもある。

 ダ・ヴィンチWebでは、俳優やタレント、経営者やスポーツ選手など様々な分野の著名人にお気に入りの本をご紹介いただく新連載「私の愛読書」をスタートする。

 この連載では新作・旧作、文学作品・マンガなど、年代・ジャンルは一切問わず、とにかく自由に好きな本について語っていただく予定だ。

 第1回にご登場いただくのは糸井重里さん。

 糸井さんは「おちこんだりもしたけれど、私はげんきです。」(ジブリ映画『魔女の宅急便』)や「おいしい生活。」(西武百貨店)などを手がけたコピーライターであり、ゲーム『MOTHER』のディレクターも務めた。現在は「ほぼ日」の社長でもある。

 今回ご紹介していただいた3冊は『MOTHER』に影響を与えた小説をはじめ、糸井さんの人生に深く関わってる本たちだ。「普段本を読まない人にも届けたい」と考え、どんな人が読んでも楽しめる本も挙げていただいた。

 糸井さんの作品に親しんでいる人はもちろん、多くの方が新しい本に出会うきっかけになればと思う。

(取材・文=ダ・ヴィンチWeb編集部 撮影=金澤正平)

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『MOTHER』に影響を与えた小説『タリスマン』

──今日は糸井さんの愛読書を3冊教えていただければと思います。よろしくお願い致します。

糸井:よく「オススメの本を教えてください」って聞かれるのですが、そのたびに答えが変わるんですよ。今日の気分でいうと……1冊目は『タリスマン』かな。スティーブン・キングとピーター・ストラウブの共著です。

タリスマン
『タリスマン』(スティーブン・キング、ピーター・ストラウブ/新潮社)※現在は絶版

──糸井さんはこの本をいつ頃読まれたのでしょうか?

糸井:新潮文庫から翻訳版が発売されてすぐだから、1980年代後半だと思います。

 なぜ覚えているかというと、ぼくがディレクターを務めた『MOTHER』というゲームが1989年に発売されたからです。

『MOTHER』は、それまでの人生でぼくがおもしろいと感じたものへのオマージュがたくさん詰まっています。そのなかのひとつ、大きな影響を与えたのが『タリスマン』なんです。

──『タリスマン』のどのようなところが『MOTHER』に影響したのですか?

糸井:この小説の書かれ方がおもしろくて。

『タリスマン』は、スティーブン・キングとピーター・ストラウブが、代わりばんこに書いているんです。途中まで書いて、相手に渡す。その続きを相手が書いて、また途中で返ってくる。その繰り返しで完成したものです。

 すると、小説のなかに「お前はこの続きをどうおもしろくしてくれるんだ?」という、作家ふたりのやり取りが生まれるんですよ。答えを用意せずに伏線を張って相手にパスしているので、先を気にせず自由に書けたのだと思うんです。

糸井重里

──著者自身、次の展開が読めないなかで書き進めていたわけですね。

糸井:そうですね。このやり取りのおかげで、物語がどんどん予期せぬ展開になったのだと思います。これはおもしろいなあと思って読みましたね。

『MOTHER』でも「登場人物たちがこの物語を途中まで知ったら、どんな未来を想像するかな?」なんて考えながらゲームを作っていったんです。

──糸井さんが『タリスマン』を読まなければ『MOTHER』も違うものになったと思われますか?

糸井:そうだと思います。『タリスマン』には狼男のような、悲しい境遇に置かれるキャラクターが登場するんです。

『MOTHER』のフライングマンは、この狼男がモチーフになっています。そんな風に割とわかりやすいところでも『タリスマン』の影響があります。

──フライングマンのモチーフがここにあったのですね! 『MOTHER』をプレイして感じられる「悲しさ」みたいなものも『タリスマン』を体験したことが活きているのかなと、お話を聞いて思いました。

糸井:ぼくのいちばん核になっている感情って「悲しさ」なんですよ。どんなに笑えることをやっていても、ぼくの心の奥底には、味のしない1粒のマーブルチョコみたいな「悲しさ」が置かれているんです。

『タリスマン』の根底にも、やっぱり悲しさが漂っていて、そういうところに惹かれたんだと思います。スティーブン・キングのなかではあまり知られていない作品かもしれませんが、ぼくにとって大切な一冊です。

ストーリーよりも「おもしろかった」と感じる心が大切

──『タリスマン』は、いまも読み返されたりするのでしょうか?

糸井:読み返すことはほとんどないですね。ぼくは、同じ本を二度三度読むことはあんまりないんです。

──30年以上前に一度読まれた記憶が、こうしてずっと頭のなかに残っているのですね。

糸井:ストーリーの詳細よりも「おもしろかった」と感じた心の方がぼくにとって大切なんです。だから「どういう話なの?」と聞かれても思い出せなかったりするんですよね。

──今日の気分で『タリスマン』が浮かんだということでしたが、なぜ最初にこの作品を挙げていただけたのでしょうか?

糸井:このあいだ、映画館で『トップガン マーヴェリック』を観たんですよ。これがすごくおもしろくて。

 それで最近「娯楽作品っていいものだよな」なんてことをよく考えるんです。スティーブン・キングはまさに一般の人がたのしめる娯楽小説を書いているわけだけど、芸術作品と比べて劣っているっていうことはないですよね。

──純文学と大衆文学、みたいなことでしょうか。

糸井:大衆文学と純文学、娯楽映画とアート映画。本当はどっちが優れているとかはないはずなのに、芸術的なものに価値を置きすぎる風潮があるような気がしていて。そこに対して、ジタバタと抵抗したい気持ちがすこしあるんですよ。

 今、ちょうどその気分を語れるのが『タリスマン』だったのかもしれません。

自分で作ってもいまだに読み返す『悪人正機』

──それでは、2冊目をお願いします。

糸井:吉本隆明さんの『悪人正機』です。

 先ほど「何度も読む本はあんまりない」と言いましたが、この本は、ぼくが自分でインタビューして作った本なのに、いまだによく読み返すんです。

 もともとは『週刊プレイボーイ』の連載で、読者から投稿された質問に吉本隆明さんが答えるというものを一冊にまとめた本です。

悪人正機
悪人正機』(吉本隆明、糸井重里/新潮社)

──この本を何度も読み返すのはなぜでしょうか?

糸井:読む度に「当時は気付けなかったなあ」という新しいポイントが見つかるんですよ。それが、ぼくの発想の源のようになっているんです。

──吉本隆明さんは「ほぼ日」にも何度も登場されており、糸井さんとも親交が深い方です。どういった経緯で糸井さんがインタビューするかたちの本が作られたのでしょうか?

糸井:吉本さんが体を悪くして目が見えにくくなり、原稿を書くのが難しくなってきたんです。それで「インタビューを本にするという方法もありますよね」といった話からスタートしました。

──糸井さんはそれまでもたくさん吉本さんとお話をしてきたかと思いますが、本にまとまることで、新しい気付きのようなものはありましたか?

糸井:会話した記憶って、どうしても時間が経つにつれて曖昧になっていきますよね。でも「なんとなくこんなこと言ってたよな」という抽象的な記憶から抜け落ちた部分に、大切なものがあったりするんです。

 吉本さんが話したことを本という形に残しておいて、本当によかったと思っています。読みやすいようにある程度は編集されて、それでも細部にわたる本人のニュアンスが残っているので、本ってちょうどいいもんだなと思います。

糸井重里

「ほぼ日」引っ越しは吉本隆明の言葉が決め手

──先ほど「発想の源になっている」と仰っていましたが、吉本さんのどんなお話が糸井さんに影響しているのですか?

糸井:2年前、「ほぼ日」のオフィスが青山から神田に引っ越しをしました。そのきっかけになったのも、『悪人正機』に書かれている吉本さんの言葉なんです。

──どのように書かれていたのか気になります。

糸井:「いい会社って何でしょうか?」という質問に対する答えで「いい会社というのは、近所にいい感じの喫茶店やご飯屋さんがあって、日当たりがよくて、建物がしっかりしてることだ」と書かれていたんです。

 組織図だとか、上司がどうだということを超えて、そういうところが大事なんだって。いい会社の定義として、ちょっと不思議じゃないですか。

──確かに……。そうなのかな?と思ってしまうような。

糸井:そうそう、もっと他にあるんじゃないかと思いますよね。でも、読んでみると、どこか「そうかもしれない」と思わせる説得力があるんですよ。何年経ってもその言葉がずっと頭のなかに残っていて。

 それで本社を移転しようってなったとき、吉本さんの言葉がやっぱり浮かんだんです。近所においしいお店がたくさんあって、ぶらっと出かけたときに気分のいいエリアなのが決め手となって、神田に引っ越すことになりました。

──意思決定するうえでのヒントになったわけですね。

糸井:生きるうえでのヒントがたくさん書かれていますよ。

 あとは、たとえば「いい上司って何ですか?」という質問に対して「そんなにいい上司なんかいるものじゃない。それより嫌なことあったときに飲みにいって愚痴を聞いてくれる同僚が大切だ」みたいなことを言うわけです。

──なるほど、それはすごく大切なことのような気がします。

糸井:「いい上司って何ですか?」に対して「いい上司なんかいない」なんて、質問への回答としてはどうなのかと思うのですが(笑)。でも、そういう予想していた答えと全然違うところまで連れて行ってくれるところが吉本さんの語りの魅力なんですよ。

──なんだか会社の人にも広めたいなと思ってきました。

糸井:そうでしょう。ぼくはずっとこの話を頭に入れていて、社長をやるうえで「愚痴を言える同僚がいる環境を作る」ということを大切にしているんです。

糸井重里の人生を変えた『成りあがり』

──それでは3冊目をお願いします。

糸井:ぼくの人生に大きく影響したっていう意味では、まず『タリスマン』があって、吉本隆明さんがきて、やっぱり最後は『成りあがり』じゃないですか。また自分の作った本で恐縮ですが。

──おお、矢沢永吉さんの『成りあがり―矢沢永吉激論集』。

成りあがり―矢沢永吉激論集
成りあがり―矢沢永吉激論集』(矢沢永吉/角川書店)

糸井:この本は、もしかすると永ちゃんの人生を変えたかもしれないし、ぼくの人生を変えたものでもあります。

 矢沢永吉という人間がブランド化していくというか、永ちゃんの生き様に対してファンができるきっかけのひとつになった本だと思います。作った当時は、まさかこんなことになるとはまったく思いませんでした。

──現在では矢沢永吉さんファン以外にも、広く読まれる一冊になっていると思います。

糸井:レストランのオーナーや、中小企業の経営者の方々がよく読んでくださっているそうですね。

 業界関係なく「自分の腕一本でなんとかしよう」としている人を勇気づける本になったと思います。書いているぼくですら、すごく勇気づけられましたから。

──『成りあがり』は、どのように企画されたのですか?

糸井:男性誌「GORO」などを手がけていた、小学館の編集者である島本脩二さんが「まったく読書をしない人の家に、1冊だけ置いてある本を作りたい」と言ってスタートしたんです。

──かなり壮大な目標をもってスタートしたのですね。

糸井:壮大ですが、永ちゃんならそういった人にも届くと島本さんは考えたんですね。

 それで、島本さんがぼくに声をかけてくれたんです。当時ぼくはまだ、作詞をしたりテレビに出たりする前の無名なコピーライターだったので、大変ありがたかったです。

──無名だった糸井さんに、なぜそんな大役の声がかかったのでしょうか?

糸井:その頃、アメリカの『ローリング・ストーン』という雑誌に、記者がジャニス・ジョプリンのツアーに同行して書くようなルポルタージュ記事がよく載っていたんですよ。

 ぼくもそんなことがやりたくて、宇崎竜童さんに付いてまわって書くルポ記事の企画をとある雑誌に持ちこんで書かせてもらったんです。島本さんはその記事を読んで、ぼくを指名してくれたんじゃなかったかな。

──糸井さんが矢沢さんと面識があったわけではないのですね。

糸井:永ちゃんにはじめて会ったのは、『成りあがり』を作ることが決まってからです。

 六本木の中華料理屋で、島本さん、篠山紀信さん、ぼくの3人で待っているところに、ニット帽をかぶった永ちゃんが現れて「はじめまして」って挨拶をして。

 それまではステージの上に立つ永ちゃんを客席から観ていただけだったから、怖い人なんじゃないかとビクビクしましたよ(笑)。

「当時の俺、けっこうよく書けてるじゃん」

──取材や編集をされていて、何か記憶に残っていることはありますか?

糸井:永ちゃんは、話すときに語尾が「~なのよ」になるんですね。最初、そのまま「なのよ」って原稿にしていたんだけど、島本さんと相談して、全部「なんだ」に変えたんです。

 だから『成りあがり』のなかには「なのよ」がないんです。

──一般の人がイメージする永ちゃんらしい言い回しに変えたということなんですかね。

糸井:「~なのよ」って言っても男臭くなるのが永ちゃんのおもしろさだから、ぼくは残したいなってやり取りした覚えがあります。

 でも、いまそれを「なのよ」に書き直したいかというと、そうじゃないんですよね。直しちゃったら「その時」が無くなっちゃうから。そんな記憶も含めて、かけがえのない本なんです。

糸井重里

──先ほど「ぼくの人生を変えた」と仰っていましたが、糸井さんにとってどんな一冊になりましたか?

糸井:当時はパソコンも、ポストイットすらなかったので、テープ起こしされた原稿やチラシの裏に書いたメモをハサミと糊で切り貼りしたり。そうやってコツコツと家内制手工業のように作った本が、島本さんの言う通り「本なんか読まないよ」っていう人にまで届いたわけです。それは成功体験として、大きな自信になりましたね。

──地道にコツコツと作られた本が、40年以上読まれ続けるベストセラーになった。

糸井:中上健次さんが「あの本を書いたのは君か」ってえらくほめてくれたりとか。本を書くことで、こんなに人生が広がることがあるんだなと思いましたね。

──『成りあがり』が、いまの糸井さんに活きていることはありますか?

糸井:ぼくはいまも毎日、しゃべり言葉に近い文章を「ほぼ日」で書いているんだけど、そのスタイルは『成りあがり』がベースになっているような気がするんです。

 読み返したときに「いまの自分の文章は本当に読者に通じてるんだろうか?」と思わせられるというか、『成りあがり』のとき自分はどうやって書いたのかを時々確かめなきゃいけない気分になるんですよね。

──確かめてみて、糸井さんのなかにどんなことが起こるのでしょうか?

糸井:「今はこういう風に書かないな」って思うところもありつつ、「当時の俺、けっこうよく書けてるじゃん」とも思います。

 野田秀樹さんが、若い頃に作った芝居を40歳過ぎてから再演したとき「演出は今の俺の方がうまいけど、この脚本はあのときの俺にしか書けない」って言ったんですよ。世の中そんなことだらけだと思うんです。みんな年を取ればクレバーになっていくけど、昔の自分だって案外よくやってるもんです。

──成長すると、どうしても過去の自分を卑下しがちになりますよね。

糸井:永ちゃんにしても『成りあがり』当時より、今の方がクレバーになっているはずなの。でも、永ちゃんは過去の自分を否定してないですよね。「バカだよね、かわいいもんだね」って言うんです。

 その感覚はぼくも持っていたいし、そう思えるのは、長いことやっている人間の特権なんじゃないかなと思っています。

 

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<第2回に続く>

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