「今朝は青い虎が入ってきたんだ」介護を受けながら暮らす祖父は、孫の楓が訪ねるといつも幻視の話ばかり/名探偵のままでいて①

文芸・カルチャー

更新日:2023/1/30

第21回『このミステリーがすごい!』の大賞に輝き、早くもベストセラーに! 2023年話題のミステリ小説『名探偵のままでいて』をご紹介します。著者は人気ラジオ番組の構成作家としても活躍中の小西マサテル氏。かつて小学校の校長だった祖父は、レビー小体型認知症を患い、他人には見えないものが見える「幻視」の症状に悩まされていた。孫娘の楓(かえで)はそんな祖父の家を訪れ、ミステリをこよなく愛する祖父に、身の周りで起きた不可解な出来事を話して聞かせるように。忽然と消えた教師、幽霊騒動、密室殺人…謎を前にした祖父は、生き生きと知性を取り戻し、その物語を解き明かしていく――。古典ミステリ作品へのオマージュに満ちた、穏やかで優しいミステリ小説『名探偵のままでいて』より、第1章を全7回でお届けします。今回は第1回です。小学校で教師をしている楓(かえで)は、レビー小体型認知症を患い介護を受けて暮らす祖父のもとへ週1回のペースで足を運んでいる。

名探偵のままでいて
『名探偵のままでいて』
(小西マサテル/宝島社)

 今朝は青い虎が入ってきたんだ、と楓(かえで)の祖父はいった。

「どうやってノブを廻したんだろう。器用なものだね」

 祖父は、虎が書斎に入ってきたことよりも――そしてその身体が青色の体毛に覆われていたということよりも、その虎が玄関の扉を開けて入ってきたことのほうに驚いているようだった。

「嚙まれなくて良かったじゃない」

 楓は、あえて軽口をたたいてみせた。

 内心では、せっかく起きてるのにまたそんな話か、と少しばかり落胆する。

 週に一度ほどの訪問だが、ほぼ祖父は寝ているのが常だった。

 かといってたまに起きていても幻視の話ばかりだ。

 そして楓が帰るまでそうした話に終始し、まともな会話が成立しないのである。

 それでも楓は素直に〝青い虎の話〟に耳を傾け、何度も相槌を打ってみせた。

 実家でもある祖父の家で過ごすひとときは、かけがえのない時間だと思えたからだ。

「それで虎はね――」と祖父は、前脚を交差させる歩き方の真似をした。

「立ち去るとき、実に幸せそうな笑顔を見せたんだよ」

「虎が笑ったの?」

 あぁ……まただぁ、と心の内で苦笑いする。

 現実にはあり得ない幻視の話なのに、また本気で聞き入っているではないか。

 そう――最初は熱心に聞いている〝ふり〟をしているにもかかわらず、祖父の語り口が余りに巧みなせいか、いつも我知らずその世界に引き込まれてしまうのだ。

 そして今日などは、書棚のどこかの本の挿絵から本当に青い虎が飛び出してくるような錯覚さえ覚えるのだった。

 

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