SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第24回「近そうでまだ遠い下北沢。」

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更新日:2023/7/26

 当たり前だとか、当然だとか、人々は往々に思いがちである。驕りや慢心、慣れによって引き起こされるそれは、ただの勘違いなのだ。当たり前だとか、当然だとか。それはあくまでも個人的な尺度に過ぎない。

 だから世界は、誰かの尺度をあてにして回ってなんかいない。

 

 その時私は、季節外れの思った以上の冷え込みに、車道に目を凝らしながら震えていた。

 電車がある時間帯であれば、電車に乗る。仕事でない場合は大体そうしている。ただ終電を過ぎてしまってからの急な外出に、始発を待っている余裕はない。感情の引き出しの中身が豊かになったり、明日からの活力になるくらい笑えたりする出来事の殆どは、夜に起こる。だから例え電車がなくとも、誘っていただけるなら私はタクシーに乗って街に出るのだ。

 しかし、待てど暮らせどタクシーは来ない。暖かかった昼間を全く思い出せないほどの寒さに、私は身体をじっとさせることが出来ずにその場で足踏みを始めた。

 大きなカーブの向こう側で信号が青に変わったのだろう、遠くで車の動き出す気配を感じた。何台かの車が通り過ぎたあと、「空車」の赤い文字が私の目に映った。この機を逃すまい、と車道に向かって懸命に手を伸ばす。

 認識出来たことをこちらに知らせるために、ハザードが一瞬点滅した。やがて私の前にゆっくりタクシーが止まり、ドアが開いた。「お願いしまアす」と言って私は後部座席に乗り込む。ようやく捕まえることが出来た安心感と、車内の暖かさに、私の口から小さく息が漏れた。

「ご乗車ありがとうございます、どちらまで」

「下北沢までお願いします」

 私はお誘いしてくれた友達に、今から向かう旨の連絡を入れるために携帯電話を取り出した。しかし文章を打ち込んでいる最中に異変に気が付く。タクシーに出発する兆しが一切見えないのだ。おそらく目的地が聞き取れなかったのだろう、私は運転手さんに向かって、先ほどよりも大きな声で言った。

「あ、えエと、下北沢まで。お願いします」

「下北沢」

 運転手さんが繰り返したので、私は安心して再び携帯電話に視線を落とした。「タクシー捕まった。あと十分くらいで到着します」しかし送信ボタンを押す前に、私はまた顔を上げた。どういうわけかまだ出発しないのだ。前方を見るも信号機は青色に光っている。私は言った。

「あの、向かって頂いてもいいですか」

「えエと」

 覗き込んだ運転手さんの横顔は、どこか困惑しているように見えた。逡巡した姿をしばらく見せたあと、運転手さんは小さな声で言った。「下に」

「ん、下ですか」

 何のことだか分からず、私はとりあえず足許に視線を落とした。前の人の忘れ物でもあるのだろうか、懸命に目を凝らす。しかし特筆すべきものは見当たらず、いよいよ分からなくなった。その様子を見ていた運転手さんは、どこか慌てた様子で言った。

「あ、そうではなくて。下に」

 状況が読めないことと、なるべく早く到着したい気持ちで、私はほんの少しだけ苛立ってしまった。

「あの、だから。下に、何なんですか」

 私のこの質問に、運転手さんは衝撃の一言で返した。

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しぶや・りゅうた=1987年5月27日生まれ。
ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2009年6月メジャーデビューするものの、2011年に活動の場をメジャーからインディーズへと移し、年間100本以上のライブを実施。2012年に自主レーベルI×L×P× RECORDSを立ち上げたのち、2013年にmurffin discs内のロックレーベル[NOiD]とタッグを組んでの活動をスタート。2018年4月には初の東京・日本武道館ワンマンライブを開催。結成15周年を迎えた2020年、Sony Music Recordsと約10年ぶりにメジャー再契約。「名前を呼ぶよ」が、人気コミックス原作の映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用される。現在もライブハウス、ホール、アリーナ、フェスなど年間100本近いライブを行い、2022年10月から12月に自身最大規模となる4都市8公演のアリーナツアーも全公演ソールドアウト、約75,000人を動員した。さらに前作に続き、2023年4月21日公開の映画『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』に、新曲「グラデーション」が、6月30日公開の『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』の主題歌に新曲「儚くない」が決定。同年7月に、自身最大キャパシティとなる富士急ハイランド・コニファーフォレストにてワンマンライブを2日間開催。9月からは「SUPER BEAVER 都会のラクダ TOUR 2023-2024 ~ 駱駝革命21 ~」をスタートさせ、2024年の同ツアーでは約6年ぶりとなる日本武道館公演を3日間発表し、4都市9公演のアリーナ公演を実施。さらに2024年6月2日の東京・日比谷野外音楽堂を皮切りに、大阪、山梨、香川、北海道、長崎を巡る初の野外ツアー「都会のラクダ 野外TOUR 2024 〜ビルシロコ・モリヤマ〜」(追加公演<ウミ>、<モリ>)開催する。

自身のバンドの軌跡を描いた小説「都会のラクダ」、この連載を書籍化したエッセイ集「吹けば飛ぶよな男だが」が発売中


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