SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第24回「近そうでまだ遠い下北沢。」

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更新日:2023/7/26

「あの、下に、北沢ですかね」

 

 運転手さんは申し訳なさそうに頭を下げて「すみません、わからないもので」と小さな声で続けたのだ。

 何を言っているのかマジで分からなかった。え、うそうそ、下北沢知らないの?

「えっと。はい、下北沢」

「しも、きたざわ、ですね。承知しました。ナビを入れさせて頂きます。下に、北沢、でお間違いありませんね?」

 お間違いありませんよ。え、マジなのかこれは。怖い怖い。こんなことってある? 混乱する私を尻目に、運転手さんは一つずつナビを打ち込み、表示された道順を見て小さく一度頷いた。

「それでは出発させて頂きます」

 動きだしたタクシーの中で、私は腕を組んで考えた。もしも、目の前の運転手さんが、タクシードライバーを生業として間もない場合、付随して彼にとって東京という土地にまだ馴染みがなかった場合、そりゃ知らない土地があって当然なのかもしれない。ただまア、人からお金をもらっている以上、下北沢くらいは押さえておいて欲しかったというのが本音ではあったが、カーナビが普及している昨今、道を知っている必要はないのかもしれない。時代が変われば、形も変わる。当然のことだ。下北沢を知らないことより、TikTokを知らないことの方が驚かれる時代が、きっともうそこまで来ているのだろう。

 衝動的に尖ってしまった気持ちを恥じて、私は訊ねてみた。

「あの、タクシーのお仕事を始めて、どれくらいなんですか」

 運転手さんはその質問にサラッと答えた。

「そうですねエ、もうすぐ三年目になります」

「おっ」

 二の句が継げぬ。まじか。そうかそうか。なんか色々すごいな。やっぱ怖いな、うん。とりあえず流れる景色に目を向けてから、まだメッセージを送信できていなかったことを思い出し、慌てて送信ボタンを押した。私の口から先程とは種類の違う小さな息が、無意識に漏れた。

 程なくしてタクシーは赤信号で停車した。すると彼は、柔和な笑顔でこちらに振り向いて言った。

「あのですね」

「あ、はい」

「念のためなのですが」

「はい」

「シートベルト、お締めください」

 なんか思った、絶対にそうした方がいいって。乗車してからの流れを鑑みて、促される前に率先して装着しておくべきだったとまで思った。

 下北沢に到着するまでの間、移り行く時代と、変わっていく形と、変化し続ける当たり前について思いを巡らせ続けたが、結局これはシートベルトを必ず着用させるための施策なんじゃないかと思うに至った。

 

 下に北沢という名前の土地に降り立ったのは乗車してから二十分後。ナビを入れてるのに道を三回間違え、挙句悪気なく満額の料金を請求されたことに、憤る気持ちはなかった。事故なく到着出来たこと、無事に生きている喜びで胸がいっぱいだったからだ。

 季節外れの冷たい風が私を過ぎていったが、今の私にはどうでもいいことだった。

SUPER BEAVER渋谷龍太

<第25回に続く>

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しぶや・りゅうた=1987年5月27日生まれ。
ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2009年6月メジャーデビューするものの、2011年に活動の場をメジャーからインディーズへと移し、年間100本以上のライブを実施。2012年に自主レーベルI×L×P× RECORDSを立ち上げたのち、2013年にmurffin discs内のロックレーベル[NOiD]とタッグを組んでの活動をスタート。2018年4月には初の東京・日本武道館ワンマンライブを開催。結成15周年を迎えた2020年、Sony Music Recordsと約10年ぶりにメジャー再契約。「名前を呼ぶよ」が、人気コミックス原作の映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用される。現在もライブハウス、ホール、アリーナ、フェスなど年間100本近いライブを行い、2022年10月から12月に自身最大規模となる4都市8公演のアリーナツアーも全公演ソールドアウト、約75,000人を動員した。さらに前作に続き、2023年4月21日公開の映画『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』に、新曲「グラデーション」が、6月30日公開の『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』の主題歌に新曲「儚くない」が決定。同年7月に、自身最大キャパシティとなる富士急ハイランド・コニファーフォレストにてワンマンライブを2日間開催。9月からは「SUPER BEAVER 都会のラクダ TOUR 2023-2024 ~ 駱駝革命21 ~」をスタートさせ、2024年の同ツアーでは約6年ぶりとなる日本武道館公演を3日間発表し、4都市9公演のアリーナ公演を実施。さらに2024年6月2日の東京・日比谷野外音楽堂を皮切りに、大阪、山梨、香川、北海道、長崎を巡る初の野外ツアー「都会のラクダ 野外TOUR 2024 〜ビルシロコ・モリヤマ〜」(追加公演<ウミ>、<モリ>)開催する。

自身のバンドの軌跡を描いた小説「都会のラクダ」、この連載を書籍化したエッセイ集「吹けば飛ぶよな男だが」が発売中


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