SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第32回「怖い話」

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公開日:2024/2/27

 怖い話ができる人が羨ましい。いや、なんか、そういう霊感的なもので困っている人がいたらとても失礼な発言かもしれないが、人に話せる類の珍しい体験は、割となんでも羨ましいと思ってしまうのだ。お察しの通り、私には霊感とか呼ばれるものが一切ない。だからそんな誰かに話したいような体験が一つもない。オカルトも若干のスピも、肯定も否定もないフラットなタイプの人間なので、私にも、サラッとお話しできるような軽い体験くらいならしたいなアと予てから思っていた。

 

 体験できました。

 

 それは九州のとある街。私は先輩とキャバクラにいた。断っておくが、元来の真面目な性格が仇となり、そういうお店には行かないと思っている人も多いみたいなのだが、全然行く。所帯も持ってないし、金銭感覚壊れないし、そもそも生まれたの歌舞伎町だし。率先しては行かないが、友達や先輩と一緒に行ったりすれば普通に楽しい。

 ご飯を食べて、お酒を飲んで、それじゃア一軒行きますか、という、まアそうだろうね、という流れで辿り着いたお店には、我々以外のお客さんはいなかった。綺麗か汚いかで言ったら、汚い方の、胡散臭いか胡散臭くないかで言ったら、胡散臭い方の、そんなお店。席に着いて一通り辺りを見回して、先輩と目が合った。

「ワクワクしますね」

「うん、ワクワクするな」

 私も先輩も、エンタメ好きでよかった。

 やがて女の子が私の隣に座った。歳のころは私より少し下くらいかと思ったのだが、話を聞くとまだ二十五なのだという。なんでも、早くに授かったお子さんはもう小学生で、暇を見つけては、彼女が娘さんの家庭教師になって勉強を教えているという。

「素敵なお母さんだね」

 私は彼女に言った。ぼんやりと、高校の同級生で一度も話すことのなかった、とても力の強い中西さんという女の子を思い出した。

「そうなんです」

 全然謙遜とかしないタイプの女性のようだが、嬉しそうにしているのでそれでよし。

 すると彼女の動きが急に止まった。どうしたのだろうと思い様子を窺うと、トイ面に座る先輩の方を不思議そうに見ている。その後急に弾かれたように私に訊いた。

「あ、タバコ吸いますか?」

 私の答えを聞く前に灰皿に手を伸ばしている。私は言った。

「いや、俺は吸わないよ。ねエ、今何見てたの?」

「え、いや、あの」そして彼女は灰皿を戻したその手で、恐る恐る先輩の方を指さした。「あれ何だったのかなって」

 指さす方には特別珍しいものはないように見える。隣に座った女の子と話す先輩と、前に置かれたグラス、火をつけたばかりのタバコ。ただ、彼女が口にした『何だったのかな』という言い方が少し引っかかった。

「どれのこと言ってるの?」

 私は訊いてみた。彼女は先輩の手元のあたりに視線を置いたまま、おずおずと答えた。

「さっきあの人がタバコに火をつけたやつです」

「ん」

「なんか箱に入ってたやつです。細いやつ。その先に火がついたんですけど」

 いや、まさかそんなわけないと思いながらも、私は訊いた。

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しぶや・りゅうた=1987年5月27日生まれ。
ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2009年6月メジャーデビューするものの、2011年に活動の場をメジャーからインディーズへと移し、年間100本以上のライブを実施。2012年に自主レーベルI×L×P× RECORDSを立ち上げたのち、2013年にmurffin discs内のロックレーベル[NOiD]とタッグを組んでの活動をスタート。2018年4月には初の東京・日本武道館ワンマンライブを開催。結成15周年を迎えた2020年、Sony Music Recordsと約10年ぶりにメジャー再契約。「名前を呼ぶよ」が、人気コミックス原作の映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用される。現在もライブハウス、ホール、アリーナ、フェスなど年間100本近いライブを行い、2022年10月から12月に自身最大規模となる4都市8公演のアリーナツアーも全公演ソールドアウト、約75,000人を動員した。さらに前作に続き、2023年4月21日公開の映画『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』に、新曲「グラデーション」が、6月30日公開の『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』の主題歌に新曲「儚くない」が決定。同年7月に、自身最大キャパシティとなる富士急ハイランド・コニファーフォレストにてワンマンライブを2日間開催。9月からは「SUPER BEAVER 都会のラクダ TOUR 2023-2024 ~ 駱駝革命21 ~」をスタートさせ、2024年の同ツアーでは約6年ぶりとなる日本武道館公演を3日間発表し、4都市9公演のアリーナ公演を実施。さらに2024年6月2日の東京・日比谷野外音楽堂を皮切りに、大阪、山梨、香川、北海道、長崎を巡る初の野外ツアー「都会のラクダ 野外TOUR 2024 〜ビルシロコ・モリヤマ〜」(追加公演<ウミ>、<モリ>)開催する。

自身のバンドの軌跡を描いた小説「都会のラクダ」、この連載を書籍化したエッセイ集「吹けば飛ぶよな男だが」が発売中


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