WEB官能&BL(20)高遠琉加『背中で殺してくれ』

更新日:2013/8/6

 俺の店は、住宅街のマンションの一階にあるコーヒーショップだ。カウンター席と四人掛けのテーブルが二つだけの小さな店で、仕入れからサービスまで全部一人でやっている。俺は上のマンションに住んでいるから、閉店時間ははっきり決めていなくて、客さえいれば夜遅くまで開けていることもあった。

 住宅街だけど駅周辺にはオフィスビルや飲み屋街があって、このあたりにもぱらぱらとレストランやバーがあるので、遅くにやってくる客はけっこういる。そういう中に、たまに俺と同じ性癖の持ち主――つまり、同性愛者だ――もいた。ここは二丁目からは遠いけど、もしかしたらどこかで噂が広まっているのかもしれない。ゲイの男がやっている店だって。

 だとしたら、きっと噂はもうひとつある。それはこうだ――ゲイの店主は、気に入った男がいれば上の部屋に泊めてくれる。

 一人でやっている店で、一人暮らしだ。誰に気兼ねすることもない。俺は適当に、気楽に、その時々の関係を楽しんでいた。今回の男はわりと長く続いた方だけど、名前と携帯番号のほかには勤め先も住所も知らない。

(でも別れると常連が一人減るんだよなあ……)

 カウンター内側のスツールに座って、俺はぼんやりと窓の外の雨を眺めていた。携帯電話に保存してあった背中の写真をすべて消去してから、ひと月ほどが過ぎている。今日は夕方から雨が降り出して、客足が鈍かった。今は客席はからっぽだ。

(もう今日は閉めちまおうかな)

 と思ったところに、扉の外でばしゃっと水音がした。

 自動じゃない扉を開けて、客が一人入ってくる。水から上がった犬みたいにぶるぶるっと頭を振って、水滴をはらった。

「いらっしゃいませ」

 俺はタオルを持ってカウンターから出た。

「どうぞ」

 濡れたスーツをはたいている客にタオルを差し出す。顔を上げた男は、目が合った瞬間に笑顔になった。

「どうもありがとう」

 雲間から射す光みたいな。

 

 

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