まつもとあつしのそれゆけ!電子書籍 第1回

更新日:2013/8/14

本が作られるプロセスが違う

ちば :でも、「再販制度」は電子書籍には適用されないわけだから、もっと価格について柔軟な出版社が増えてもいいのに・・・。

まつもと :歴史的に本が作られるプロセスが日米で異なっている、というのも大きいですね。日本では、出版社が著者に原稿を書いてもらって、原稿料を払い、書店に本を流通させる「取次」と呼ばれる会社に本を納入します。その際、まず取次会社から出版社にお金が支払われるんですね。

ちば :本の売れ行きに関係なく。

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まつもと :いわゆる委託販売代金の見込払いという制度ですね。ただここ数年、出版不況を背景に出版社が刊行点数を増やしていますから、取次も受け入れる冊数に制限をかけるなど調整の動きは続いていますが。

対して、北米では、「エージェント」と呼ばれる専門家が著者と契約して本を書いてもらい、出版社と交渉して本を世に出していきます。スポーツ選手が代理人を介して球団と交渉する、あのスタイルですね。交渉の過程で販売方法や販売数が練り込まれますし、出版社もリスクをできるだけ小さくするため、マーケティングに工夫を凝らします。

個人的には日本も少しずつ北米型に移行していくと考えていますが、少なくとも現時点では、紙の本に比べるとリスクが高くなってしまっている電子書籍にどうしても二の足を踏んでしまう会社も多いのも事実です。電子書籍元年と呼ばれた2010年に、電子書籍部門を立ち上げたところも、2011年はまずは、試しにアプリを作ったり、数多く生まれた電子書店に一部の作品を提供して売れ行きを試したり――という形で石橋を叩きながら進んだというのが実態ではないでしょうか?
 

アプリ型電子書籍はこれからどうなる?

ちば :そうすると、「適当日記」みたいなiPhoneやiPadで読むアプリ型の電子書籍が主流になる?

まつもと :まだしばらくはそういう傾向が続くでしょうね。スマホシフトが一段落するまでは、スマホを買ったユーザーが実用アプリを買う感覚で、電子書籍アプリを買う、という流れは自然ですから。読書専用端末も、まだ「これがデファクト」というものが登場していませんし。

ただ、ある程度、いろんな電子書店で電子書籍アプリを買っていくと、何をどこで買ったのかわからなくなってしまったり、機種変更の際買った電子書籍がどうなるのか、という不安もユーザーの側には出てくると思います。App Storeで買った電子書籍アプリの多くは、たとえばAndroidタブレットには移行できません(ただし、紀伊國屋書店のKinoppy、角川書店のBOOK☆WALKERなどのように移行のための仕組みを備える電子書店も増え始めている)

ちば :着うたとか携帯アプリは、MNPでも引き継がれないというのと似てますね。

まつもと :流行廃りのある音楽とかゲームであればあきらめがつくかもしれませんが、本棚に蓄えておく感覚の「本」だとそれは厳しいという人が多いのではないでしょうか?あとせっかく電子化された本なのだから、どこで買った本であるかに関わらず、タイトルや内容で検索したり、いろんな端末で活用したいというニーズが出てくるのも自然だと思います。日本で「自炊」がブームなのは、そういったニーズに応える電子書籍・書店がまだ少ない、ということの裏返しでもあります。

ちば :わたしも「自炊」やってみましたが、裁断したり、スキャンしたり、あれ大変ですよー。むりむり!

まつもと :(笑)昨年末議論を呼んだスキャン代行も著作権法に照らせば極めてグレーですから、おすすめはできません。福井弁護士のインタビュー記事

Kindleがすごいのは、Kindle専用端末だけじゃなく、パソコン、スマホ、タブレットなどいろんなデバイス用のアプリを用意していて、「一度買えば、どの端末でも読むことができる」「どこまで読んだか、どこに下線を引いたか」といった読書情報が同期されるところなんですね。あくまでKindleで買った本に限られますが、自炊したPDFと同じかそれ以上の使い勝手が実現されています。
 


Amazon.com: Free Kindle Reading Apps
 

ちば :そこまでできるんなら自炊せずにKindleで買おうっていう気になっちゃいます。

まつもと :ただ一方で、Amazonがある書籍の内容をチェックして、いったんユーザーの端末に配信した書籍を削除するといった問題も起こっています。アプリ版の電子書籍についてもAppleが内容を審査して、配信を認めないことがあるというのも有名な話です。1つの強大な会社が「本」をある意味「支配」することの怖さというのも考えておきたいところです。

ちば :なるほど・・・。

まつもと :まとめると・・・「日本で電子書籍普及率が低い」理由は、

・日本とアメリカで本のパッケージ(文庫の存在や大きさや重さ)が異なる。
・本が作られるプロセスが異なり、販売価格も異なっている。
・Kindleが実現しているような利便性がまだ多くの国内電子書店では実現されていない。

という3つくらいが挙げられるのではないでしょうか?

いま、日本の会社も、複数の電子書店で買った本を1カ所で管理できる「オープン本棚」という仕組みを整えたり、マルチデバイスで読書を楽しめる環境づくりを急ピッチで進めています。僕は、日本は世界に類をみない多様な本が楽しめる国だと思っていますから、国内の出版社やIT企業にはがんばってほしいですね。

そんな中、まさに「ダ・ヴィンチ電子ナビ」のように複数の電子書店を串刺しで検索できるサービスが担う役目はとても大きいわけです。




ダ・ヴィンチ電子ナビでは、まとめて検索という検索機能を設けています。どの電子書籍がどの電子書店で販売しているのか検索することができます。

ちば :ですね! がんばらなきゃ。

まつもとあつしのそれゆけ!電子書籍では、電子書籍にまつわる質問を募集しています。ふだん感じている疑問、どうしても知りたい質問がある方は、ダ・ヴィンチ電子ナビ編集部までメールください。
■ダ・ヴィンチ電子ナビ編集部:d-davinci@mediafactory.co.jp

 

イラスト=みずたまりこ

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