まつもとあつしのそれゆけ! 電子書籍 第5回 Kindleが日本に上陸しない理由とは?

更新日:2013/8/14

Kindleに対する国内の動き

ちば :これまで再販制度があったので出版社は最初に値段を決めたらあとはほとんど意識しないで良かったけれど、70%ロイヤリティだと、アマゾンが価格を変えることも出来てしまう訳ですね。うーむ・・・。

まつもと :現在、国内の電子書店のほとんどが、紙の本と同じ価格で電子書籍を販売しています。そんな中、アマゾンが提示した条件は出版社にとって寝耳に水だったわけです。しかも、紙の本に対して最低20%は安く電子書籍の定価を設定するようにとあります。

ちば :おー。いまの「紙の本と電子書籍の販売価格が同じ」という前提がKindleストアでは成り立たない可能性がある訳ですね。

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まつもと :あくまでamazon.comに記載された規定なので、日本でどうなるかはまだ流動的です。

ただ、利用者からみると一律20%以上オフというお値打ち感がでる上に、アマゾンが本の売れ行きをみて、必要に応じてディスカウントを行い、最も本が売れる(であろう)価格に設定してくれる、と考えれば悪いことばかり、とも言い切れません。

ちば :たしかに去年取材した中でも電子書籍の価格を思い切り下げた結果、電子書籍の売上げランキングの上位に入るだけでなく、紙の本の売上げもアップしたという例がありましたね。

まつもと :そうなんです。それを出版社が、特に電子書籍専門の部署を持たないような中堅~中小の出版社が日々刻々とチェックして価格など変更したりするのは大変ですが、アマゾンがそれをやってくれて、しかも料率が良いとなれば、そちらを選ぶ出版元が北米で多い、というのも分かる気がします。

ちば :うーん、たしかに。それで、アメリカのKindleストアの本は9.99ドルが多いんですね。なるほどー。

まつもと :とはいえ、ぼく自身、いち著者としてはある日突然自分の本が「ワゴンセール」になっていたらやっぱり複雑な心境ではありますけどね。

そこで、「こうすることで多くのお客さんの目に作品が触れて、より売上げが期待できる」という説明や、「実際こうでした」という報告があれば、良いとは思うのですが。実際のところ、まだそういう風にはなっていない。

Kindleストアと出版社が向き合うことで、こういったいわば「マーケティング感覚」が磨かれることにどうしても期待してしまいますね。

結局どうなっていくのか?

まつもと :35%ロイヤリティと70%ロイヤリティはいつでも変更可能ということも謳われていますが、いったん70%ロイヤリティ、9.99ドルに設定したものをなかなか変えるというのは難しいと思います。いま多くの出版社が決断を迫られているといえるでしょうね。

連載の第一回ではPHP研究所がアマゾンとKindleストアでの販売条件に合意したと報じられましたが、これはすぐにまだ交渉中であると訂正されました。それに加えて、角川グループも契約を締結したと報じられましたが、これも交渉中ということで打ち消されましたね。(ちらっ)

ちば :・・・zzz。

まつもと :はい(笑)。あともう一つ注目すべき動きとしては、第3回で触れた「出版デジタル機構」ですね。賛同出版社は230社を超えており、先日9日に株式会社の設立が決定しています。

この会社がどういう役目を果たすのか? 日経新聞が「アマゾンとの交渉窓口になる」と報じたり、ネット上では「電子書籍版のJASRACになるのでは?」と言われたり、様々な観測が飛び交っています。わたしは、今のところこの組織は「そもそも電子書籍にどう取り組めばよいかわからない」という出版社が多い中で、情報共有を通じてそのノウハウの底上げを図ったり、電子書籍化のサポートをするためのものと理解しています。会社化は、それらの業務を事業化することで、より本格化するという意図の表れではないかと。

ちば :たしかに、アマゾンとの条件交渉をするときに、特に日本ではその数が多い小さな出版社が1社1社取り組むのは現実的ではないですよね。

まつもと :あくまで窓口は各社になると思いますが、その際のサポートや、その後の電子書籍化の作業を行うことになると期待しています。そうすることで、Kindleストア向けだけでなく、まだラインナップが不足している国内の電子書店の品揃えも良くなっていくはずだからです。

この会社の代表になる東京電機大学出版局の植村八潮さんが、どんな風に電子書籍を見ているかは、ポット出版沢辺さんとの対談記事がとても参考になります。ちょっと長い記事ではありますが、この件にとどまらず、電子書籍をどう捉えるかという意味でもとても参考になる内容です。

ちば :がんばって読みます!

まつもと :まだKindleストアでは日本語の書籍の取り扱いは始まっていませんが、KindleストアがDirect Publishing、つまり直接出版を謳っている中で、著者自身やその周辺の会社から出版社を介さずに、電子書籍を直接販売しようという動きも出てきています。

田中芳樹さんのスペースオペラ「銀河英雄伝説」の電子書籍化もその一例です。

もともと、1982年に徳間ノベルズから刊行され、本編・外伝あわせてこれまでに1500万部以上が発売された名作です。ぼくも大好きなこの作品の電子書籍版を、田中さんらの著作権を管理している有限会社らいとすたっふが直販することが2月に発表されました。

販売方法はApp Storeと、Google Play(旧Android Market)となりますが、電子書籍化に至る経緯はらいとすたっふのBLOGに詳しくまとめられていますので、ちばさんもぜひご一読を。

ちば :田中さんがらいとすたっふの方に「電子書籍を商売にしている会社に丸投げするのではなく、できる限り、君たちがやりなさい」と話したんですね。なるほどなあ・・・。

まつもと :Kindleに話を戻すと、アマゾンはKindleを通じて書籍の貸し出しや、広告付きで端末を安く売るという試みも行っています。特に書籍の貸し出しについては、図書館の在り方にも影響を与える話なので注意しておきたいですね。

このように「黒船」に喩えられたりするKindleですが、国内の出版社のみならず、周辺のプレイヤーに与えたインパクトは大きなものがあります。

出版社だけでなく、北米の電子書籍の分野ではアマゾンの競争相手でもあるAppleの動きや、国内では楽天がカナダの電子書籍ストアkoboを買収するなどさまざまな動きが加速しています。

Kindleの登場によって、「電子書籍元年」がようやく本格化し、電子書籍が身近なものになることに期待したいと思います。

ちば :そうですね!わたしも日本で発売が決まったらKindleを買って何か読んでみようと思います。きっと電子書籍のことがもっとわかるはず。ええと、16日発売でよかったでしたっけ?

まつもと :ちばさん、それは新しいiPadね。

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■ダ・ヴィンチ電子ナビ編集部:d-davinci@mediafactory.co.jp

 

イラスト=みずたまりこ

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