噂では無愛想な先生がいるって聞いたけど…/『高遠動物病院へようこそ!』③

文芸・カルチャー

2019/11/17

独立したてのWEBデザイナー日和は、姉夫婦から頼まれ、2年間だけ雑種犬「安藤さん」と暮らすことになった。安藤さんの予防接種のため、初めて訪れた動物病院は、診察券すらなくスタッフは獣医の高遠のみで…。
待望のシリーズ2巻が11月15日に発売!

『高遠動物病院へようこそ!』(谷崎泉:著、ねぎしきょうこ:イラスト/KADOKAWA)

 例の病院…というのは、商店街に出来たらしい新しい動物病院のことだ。商店街で買い物をしている時、偶々噂話を耳にし、何処にあるのか探して様子を見ておこうと思いつつ先延ばしにしていた。

 茜銀座商店街は地下鉄の駅を挟んで東西に延びている。私が住んでいるのは駅の東側で、そちらで動物病院を見かけたことはないので、西の方にあるのだろうと思い足を延ばして探してみたが、それらしい看板も建物も見つからない。

「おかしいな…」

 だとしたら、東側で私が見落としているのだろうか。幹線道路を渡り、東側に戻って歩き始めてしばらくしたところで、それまで気にも留めなかった看板が目に入った。

 鈴木履き物店という古びた看板は、「履き物店」という名称や掠れた文字から、レトロ感が漂って来る。茜銀座商店街には昔ながらの商店が多く残っていて、賑わってもいるけれど、中にはシャッターを下ろしたままの店もある。ここもうやってないのかな? そう思って何気なく覗いてみたところ。

「……」

 意外にも店舗が改築され、新しくなっているようだった。でも、ロールスクリーンで遮られてショウウインドウの向こうは見えない。その横にあるドアは新しいものになっており、こちらも磨りガラスなので、中の様子は窺えなかった。

 ショウウインドウはともかく、このドアはお店らしくないなと思いながら、何気なく見ていると。

「あ!」

 ドアの横に貼り付けられていた小さなプレートに気付き、思わず声を上げる。銀色の金属製らしきプレートに並んでいたのは…「高遠動物病院」という文字だった。

「まさか……」

 ここなの? 余りにも意外で、一歩後ずさって改めて外観を眺める。小さなプレートに見合う小さな文字で書かれた病院名は、注意して見ないと分からないようなものだ。病院はお店ではないとは言え、もっと分かりやすくした方がいいのでは?

 そもそもあの看板はなに? 看板に偽りなし…じゃなくて、看板に偽りありってこと? 頭の中に浮かぶクエスチョンマークがどんどん増えて行き、困惑する私の前で、磨りガラスのドアがいきなり内側から開けられた。

「…きゃっ…!」

「わっ…す、すみません!」

 一歩下がっていたけど、反射的に声が出る。中から出て来たのは若い男の人で、私のあげた声に驚いて飛び上がった。申し訳なさそうに謝ったのは、二十代半ばくらいで、黒縁の眼鏡をかけた人のよさそうな感じの人だった。

 MAー1タイプの上着の下に、上下紺色の医療着みたいな服を着ている。病院のスタッフなのかもしれないと思い、確認しようとした私に、彼の方が先に話しかけた。

「診察ですか!? どうぞ、どうぞ!お入り下さい」

「あ、いえ。違うんです。この辺りに動物病院があると聞いて…来てみたんですけど。狂犬病の注射とかって、お願い出来るんでしょうか?」

「もちろんです! 是非、連れて来て下さい」

 にこやかに答えてくれる彼はとても愛想がよくて、おや? と内心で首を傾げる。というのも、私の耳に入って来た動物病院が出来たらしいという噂話にはおまけがついていたのだ。先生がひどく無愛想だったから、二度と行かないわ…というものだ。

 だから、どうなのかと思い、様子を窺いたかったのだが。目の前でにこにこしている彼は非常に感じがいい。彼が先生じゃないとしても、こんなスタッフがいるのなら大丈夫なんじゃないか。

「午後からも診察してるんですか?」

「もちろんです。特に診察時間は決まってないので、いつ連れて来て頂いても大丈夫ですよ」

 そうなんだ。人間の病院だと、午前午後で診察時間が分かれていたりするものだけど、動物病院は違うのかな。高遠動物病院と書かれたプレートには、院名しか書かれていなかったので、彼に会えてよかったと安堵する。

 犬を連れてまた来ますと言う私に、彼は「よろしくお願いします」と笑みを浮かべて頭を下げた。ネットで検索しても出て来なかったし、まだ開院したばかりなのかもしれない。だから患者さんも…動物病院の場合、患獣さんかな…少ないのかも。

 だとしたら、すぐに診て貰えるだろうし、ここならうちから歩いて五分もかからない。近くに病院が見つかってよかったとほっとし、笑顔で見送ってくれる彼に頭を下げ、安藤さんの待つ我が家へ帰った。

<第4回に続く>